07
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何故、手を差し出してしまったのか。
見られている事は分かっていた。
初めの内は松永へ危害を加える事を懸念し、警戒され見張られているのかと推測した。しかしそれは思い違いであることが直ぐに知れる。
警戒する人間は此方に向かってほほ笑んだりなどしない
監視している人間は手を振ってなどこない(しかも楽しそうに)
昨日は手招きなぞされて、此方が戸惑ってしまったばかりだ。(手には茶菓子を持っていた気がする……)疑うのが馬鹿らしくなる。
――縁側に腰を下ろし茶を呑む様が氏政公に被って見えた時、ああこの人はこういう人間なのか、と自然と理解していた。
松永久秀曰く、私の弟。
…………この七日間、耳にタコが出来る程聞かされた。
“あの”松永久秀の傍で育ちながらよくぞここまで真人間に長ずる事が出来たものだ、と感心さえもする。
しかし、理解はしていても忍としての習性はそうは簡単にはいかなかったらしい。
「そんなに警戒しなくとも、俺の左手には火薬なんぞ仕込んでいないさ」
伸ばされた手のひらからは火薬のにおいも血の匂いもしない。細く長い指には似合わぬ剣胝。…左が利き手だったとは気付かなかった。
悲しそうに眉を寄せる表情。
顔を曇らせてしまった事に後悔をした。
***
「そんなに警戒しなくとも、俺の左手には火薬なんぞ仕込んでいないさ」
左手に火薬を仕込み引火させる久秀と違い、火種を持たない俺にはその必要が無い。俺の属性を知らぬ者からすれば当たり前の警戒なのだろう。
意図せず警戒させてしまった彼に申し訳なくて、バツが悪い思いをする。
「ほら、臭わんだろう?」
己の右手側へと移動した彼にひらひらと手を振って見せた。
「……な?」
「……」
いや、うん。
じっと掌に視線を注ぐ彼には申し訳ないが和んでしまった。毛を膨らませた猫みたいで面白い。……例えだぞ、例え。
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