02


松永久秀の隣を埋める、松永秀長という影。

しかし影と表現したが、実際二人揃って見かけることは城内では稀なことだ。

戦以外では特定の重臣と政務をこなし、離れに居を構え、行き来をするのは城主松永・三好という顔ぶれが殆どだった。
(秀長からすれば引きこもりの結果、とあっけらかんと言いそうだが、彼らには知らぬことである)

「…城主の弟が出奔か」

声を漏らしたのは先ほど進言した男。
未だに常の静けさを取り戻さない城内を一人抜け、黄昏時に足音を忍ばせる。

男は俗に言う新参者で。
つい最近やっと側仕えを許されたばかりの彼は、二人の松永を間近にしたのは初めての事で少々混乱をしていた。

「…そういや」

片割れが滅多に姿を共にしないのは、以前囁かれた噂が原因では無かったかな…と、古参の兵から聞かされた話を思い出す。


――下克上、


乱世では多々ある事だ。

ならばあの弟も「そう」では無いか。と、考える者がいても可笑しくは無く。
浅はかな者達は要らぬ考えを巡らせ、結果、…物言わぬ貝になったと云う話。

「その噂も、松永久秀本人が一掃したと」

体中傷後だらけの壮年の男が語った昔話に、二人が同じ顔を持つ事も真実味を加える。
例え手足が無くなろうとこの身が動ける内は仕えたいと語った口は…よく滑ったなと男は笑った。

「御二人を近くで見ればお前にも分かる、松永様は少し"そういう事"に不得手な方なんだ」

あの御方は為さりたい事を実行している。
ただ其れだけなのだと、松永自身が何でも与えようとする行動に結論づけた。


「あれが欲しがるものでなければ、与えても意味がないと卿は言うのか、
確かに、昔から身の回りに置くモノに頓着しないあれに呆れ、色々と揃えさせるが…良い顔をされた覚えはないな
…だが、時たま、気に入りの物だと少しだけそわそわと落ち着かない様子を見せる

 それがまた実に面白い

嬉しいと、面と向かって言えぬ癖に態度で丸わかりという事に気付かぬのだよ
本当に、面白い存在だな、弟という者は」
 

そう、仰ったことがあるらしいのさ。と、
まるで見てきたかのように口調を真似て喋る古兵は、もう居ない。



「ああ、いたいた」

短調な鳴き声の先に男が手を伸ばす。
徐に懐に手を入れ、取りだした紙縒りを鳥に結びつけた。時刻は日没に差し掛かり、程なく月が顔を出す頃合い。

「塒におかえり、」

すっと手を差し出す男の手から飛び立つ暗褐色の羽。音も無く大型の翼が羽ばたく。醜い鳥も飼いならせば愛敬があるなと、旋して見えなくなるのを見届けた男は振り返り、


「夜鷹とは、これはまた珍しいモノを見せて貰った」


―――ギクリと、身を竦ませた。

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