01


「何も知らぬものが語るには及ばない」

嘗(かつ)て、出過ぎた家臣に松永が放ったこの一言は彼らに絶大な効果をもたらした。

下克上を最も体現した男と、
そう評されるに値する、松永久秀

そんな男が何故胴腹の弟と云うだけで好きに振舞わせているのか。
取って代わろうという意思が有り、虎視眈々とその機会を狙っているのでは無いのか。

疑心とも嫉妬とも取れる一人の言葉。
それに今まで薄く微笑みを浮かべるにとどめていた松永がとった行動は――…松永という男を知る者にとって想像に難くはないだろう。


「"あれ"を語るのは私だけで構わない」


不幸にもその場に居合わせた者達はたった一言で貝になる。

決して踏み込んではならない領域がある。
踏み込んだら最後、誰よりも深い闇に飲み込まれてしまうから。

さあ、その口を閉じて、

その瞳を凝らして、

―――ただ、見つめていればいい、

そうすれば、ほんの少しだけ見えるものがあるかも知れない。



「松永様…大丈夫でございます、か?」
「大した事はない」

左頬を赤く腫らした松永へ、手当をしなければと駆け寄るが素気無くあしらわれる。
黄昏を映すその瞳が夜の色に変るまで、再び声を掛ける事の出来ないのか…。松永の命を待つことしか出来ない者ばかりが集う。

「忍びは放つ事は無い、時間の無駄だ」
「は、承知致しました。…ですが、よろしいので?」
「全て狩られると――、分かっていての発言ならば…卿も随分趣味が良い」


"無駄に散らすというのであれば好きにするといい"


言外に告げられ、進言した男は押し黙る。
くっと持ち上がった松永の口端と滲み出る空気が、彼にこれ以上は口を挟んではならないと否が応でも悟らせた。
そうだった、彼の人は伝説を従えて出ていかれたのだ。

「…御意」

ゾクリと怖気が今になって男の背筋を這い上がる。細かに震えだした拳を握りこんで、主の後姿を見送る兵に紛れた…。
残された彼らは思う。穏やかな表情に騙されがちだが忘れてはならなかったことを。


彼の人もまた、"松永"なのだ――、

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