02


久秀なりの"楽しい航海"が終わり、自由に動くことの出来なかった窮屈な船旅と暫くお別れの時間がやってきた。

――…しかし窮屈、と先程言ったが別段退屈では無かったな。

折角の機会だ、俺に手伝える事は無いか…と問うと「どうぞ御寛ぎ下さい」という家臣団の言葉に甘える形にいつの間にか落ち着かされてしまい。
もちろん、それを甘受するのは俺としても嫌だったんだが…縋る様に「何卒、松永様の御側に」と言われてしまえば首を振るのも忍びない。

ん? 相手役を押しつけられて居たんだろうかこれは…?


「はあ〜…」

何度目かと数えるのも面倒になった溜息を、一人になったのを良いことに盛大に吐いてやった。
何やら話す事があるらしい久秀に、「暫く待ちたまえ」と言われた場で大人しく待つ俺。周りには忙しく働く船員達が往きかっていて大分賑やかだ。
それを何とはなしに眺めながら、日除け用の笠を目深に被り直して俯いた。

―――ふらっ、

俯いた拍子に視界がブレ、上体が傾く。

実は未だに地面が揺れてる気がして、落ち着かない。
脇に積まれた木材の上に腰を落ち着けたはいいが、そのまま寝てしまいたい欲求に悩まされそうだ。

こんな状態だ、一人にして貰って助かったというか、何というか。
(…久秀の事だ、俺がこんな状態だとお見通しなんだろう。…本当に悔しいが、認めねばなるまい)

無様な様を他人に見られるのが嫌、とは言わないが一人になると途端に寂しくなるのは何でだろう。
せめて小太郎が側にいてくれたら良いと思うのだが…小太郎に関してはノーコメントで通されたからアイツには聞くに聞けない。


「…(付いて来ているとは思うんだが、名を呼んだら出て来てくれるだろうか)」
「――…ぃ、」
「…(人目の少ない所へ先ずは移動して…否、駄目だ。帰って来て久秀が居たら後が怖いなあ)」
「―――おい、大丈夫か?」
「……ぁ?」

考えに没頭していた脳に声が響く。俯いていた視線の先に影が揺らめいていた。少し上目にその影の持ち主を辿っていくと、…大変立派な胸板が眩しかったと言っておこう…。

「アンタ、さっきから見てりゃ随分と具合悪そうじゃねえか。何なら向こうに行って休むか?」

立てるか? と言って腰に手を当て屈む影。そうして覗き込んでくれたお陰で、俺は影の持ち主の正体を知る事が出来た。

屈強な身体は惜し気も無く晒され、鋼の光に似た銀色の髪が目に新しい。
二カリと笑った口元と顔を覆う眼帯が印象的な、大きな青年。

「いや、結構。大丈夫だ…別に具合が悪い訳ではないんだ」

ボソボソと笠を俯けたまま喋る俺に、そうか…とあっさり引いてくれる。親切なこの若者には悪いが、断わっておくのが無難だろう。大変申し訳ないが。


「すまない」
「アンタが気にするこたねえよ、俺が勝手に声掛けただけだからよ!」
「それでも、心配してくれた事に変わりない」
「律儀だねえ、――…アンタこの船で来たのか?」

是、と応えると男は「入れ違いか…」と苦虫を噛み潰して、更に奥歯で満遍なく磨り潰した様な表情を浮かべた。
此方が気の毒に感じるほど、それは見事な表情だった…。

「何か拙い事でも?」
「…ああ、客と入れ違いになっちまったんだ」
「成る程、それは拙いな」

客、と聞いてあの船の面子を思い浮かべる。
船員と家臣団、そして俺と久秀だけだった筈だ。ならばこの青年の客というのは久秀の事だろう。ご愁傷様…。

―――しかし、見ず知らずの青年ではあるが先程親切にして貰った手前がある。

このまま彼を見捨てるのは気が咎めるな…。
差し出がましいかも知れないが…俺と話していたと、引き止めて仕舞って悪かった…と口添えするのは容易い事だ。
(機嫌が急降下してなければ、の話だが)


「…なあ、「あ、ああああアニキー!」」


突然転がる様に間に飛び込んで来た、これまたガタイの良い男。
余程焦っているのか肩を必死に上下させ、喘ぐ様に息をしている。その様子を見て取り、まさか…という考えが瞬時に浮かび、思わず腰を浮かす。

「どうしたッ!」
「ま、ままままま」
「オイッ! 落ち着きやがれえ! 一体…!」

身振り手振りで伝えようと努力する男に影が差す。落ち着かせようと声をかけた青年にも同じく。そうして…振り向くその先には、


「いやはや、卿は客を持て成す事も出来ないのかね。いや結構結構」


恐ろしいほど満面の笑みで、久秀が立っていた。
や、…すまん、青年よ。俺には如何にも出来そうにないぞコレは。

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