オカンの居ぬ間になんとやら



風来坊というだけあって、前田慶次という男は非常に型破りな訪問の仕方が得意らしい。

そんな一言で片づけられるような話では無かったが。


「……慶次はその、…随分と前向きな捉え方が出来る奴だったのだな」

いやはや。まさか城門を力ずくで突破して余所様のお宅に上がり込むような事をまさかしていようとは。やんちゃが過ぎる。
(身内に同じく…やんちゃ所ではない者がいるが、まあそこはアレだ。比較してはならない。アレは別格だ)


慶次から聞いていたものはかなり省かれたお話だったようだ。

短い道中で聞けた事といえば…京の喧嘩祭りや、九州に潜む妖しい宗教団体。一度だけ会った事のある、西海の鬼と巨大なカラクリについてだ。

まあ俺が慶次の話しの中で一番惹かれたのは――上杉謙信公が統べる越後。つまり酒の美味さについてだったがな。

因みに、それを目的として向かっていた訳では無い。断じて。いくら俺が酒好きであろうとも……魅力的だと思うくらいはかまわんだろう?


「まことに破廉恥な御仁でござった」
「慶次なにしてんだ」


くっと膝で拳を固くする真田からまさかの発言。俯く頭から窺える頬が少し赤い。

先程お茶を運んで来てくれた女中さんのような、うら若き女性が彼の隣に座ってでもいれば「ああ、恥ずかしがっているのだな」とほほ笑ましく思える、そんな表情だった。
隣がこんなおっさんでほんと残念だ。俺は選手交代を切望する。


それにしても…破廉恥とは一体。


まさか、この純情そうな青年にいかがわしい話でも吹きこんだのではあるまいな、慶次よ。
ちょいちょいと話の合間に恋だの何だのとねじ込んできた青年のさわやかな笑顔が、ふっと吐き出す溜息に混じり落ちる。甘酸っぱい。

――結局。何かフォローしようにもどう考えても慶次が悪いので、俺には無理だと早々に諦めた。すまん。
出来れば今度はちゃんとアポを取ってから御伺いしなさい。


やれ困ったと、俺は間を持たせるために真田を慰めるようそっと肩に手を置いた。

まだ手を付けていない分の団子をやるから。なあ。慶次の名を出した俺が悪かった。
…うん? 俺か?
ははっ、真田ほど動いているわけではないから、もう腹はいっぱいだよ。


庭に植えられた桃の花がそろそろ終わり頃だ。
追いつくように桜の芽が色を染め上げて来てる。
この分では開花までそう待たされる事もないだろう。

海にほど近く比較的暖かった小田原と違い、山々に囲まれた此処は春が遅い。
(甲州盆地と、確か言ったか)
未だ峰は白い化粧を残したままで冬の厳しさが窺える。これで夏はとても暑いのだとか。

頬袋をふくらませるリス宜しく、追加された団子で気分をあっさり持ち直した真田の隣でゆるりと時を過ごす。
伸ばした足首からは地味に痛みが伝わっていた。じくじくとして、熱を持つそこ。


城に引き籠っていた時には味わえなかったであろう景色に、これも怪我の功名かと無理やり己を慰める。

…早く旅立たねばならんというのに。はあ。このままではまた、馴染んでしまいそうになる。ただでさえ滞在しているだけでご迷惑を掛けているというのに、俺ってやつは。

ああ…小太郎。頼むから早く迎えに来てくれ。仔犬の視線が、その…、




「信玄公」
「む、なんじゃ」
「お誘いは非常に嬉しく思ったのだが…」

夕餉の後。俺の元へ顔を出された館の主が抱えられてこられた酒瓶に、目が泳ぐ。
杯はふたつ。
どっかりと腰を落とされた巨躯の御仁は、苦笑する己の手に朱塗りのそれをぐいっと寄こされた。

信玄公はどうやら俺と共に酒盛りをしようとのお考えのようだ。


「はあ…まさか怪我人に酒を勧められようとは」
「酒は百薬の長というじゃろう?」

いやいや。それは確かにそういうが……適度の飲酒ならば薬よりも効果があるという、そういう意味であるはずだ。

しかし勧められた酒を断ることは失礼にあたる。
それが館の主であるならば尚の事。


「…では、少しだけなら」


言い訳を紡ぐ唇はすでに小太郎へ向ける謝罪の言葉を、用意していた。

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