わんこといっしょ



朝餉を頂いた後。
俺は庭で鍛錬をしている真田をぼんやりと眺めていた。

いやなに、する事も他に無いのでな。
ただ、少しでも立ち歩きをしようものなら彼が飛んでくるので仕方なしにこうして座っているだけだ。
安静にはしているぞ。一応。
…だからチラチラこっちを見るのを止めてくれ。


青い空の下、真っ赤な青年は二槍を豪快に振り、時折空気を焦がしている。
炎属性。久秀と一緒か。
彼もまた俺とは真逆にあたるようだ。属性の上では。

あの兄のように(周囲への被害も考えずに)火薬をばら撒く戦い方とは違い、真田の獲物は穂先が十文字型の槍が二本。
本来ならば片手で扱うような代物では無いのだが……随分と軽々振るう。

彼ならば、たとえ刃先を潰した槍でも、その逞しい二の腕から――俺は戦場での真田幸村を知らぬが、繰り出される技の威力に何ら遜色は無いのだろう。
主君である信玄公も、末頼もしく感じているに違いない。


「(それにしても…)」

朝から動き通しの真田に視線を注いだまま柱にもたれる。確かに、問題無いと彼は言っていたが、

「(真田…君の体力は底無しなのか)」

若さか。これが若さなのか。
おっさんには涙が出るほど…遠い昔の話だ。

いやこれ程の活発な青年時代を過ごした記憶は全くないのだが。
今と変わらぬ引き籠り状態であった。ああそうだ。胸を張れるほど、灰色の青年時代だったぞ。空しくなどない。全く。

頂いた茶を啜りながら、呆れて良いものか感心して良いものかと俺は少し悩む。

耳に届く空気を裂く音と気合いの声。(というか雄叫び)
黒こげ茶色の瞳のわんこは長い尻尾を振って、食後の軽い運動とは程遠い動きを披露してくれている。
俺ならばとうの昔に横っ腹を押さえて迂闊な自分を責めている時間だな。



鍛錬開始からそろそろ一刻となろうか。
俺は真田に声をかけた。


「真田、そろそろ休憩を挟んではどうだね」
「…ハッ、…ふんっ!」
「さきほど可愛らしい女中さんからお茶と茶請けを頂いた所だ。冷めてしまうのは勿体ない」

目に見えぬ敵を見据えていた瞳がぱっと此方を向く。
得物を下ろして大きく息を吐く間も惜しんで、真田は駆け寄って来た。そして、


「団子でござるか!」


…近い。近いぞ真田。
嬉しいのは分かった。分かったから、な?
キラキラと輝く瞳が非常に眩くてかなわん。俺は団子ではないぞ?

真田の長い髪が感情を露わす尻尾のようにぱたぱたと忙しく動き、俺の横で待ち構えていた甘味に頬を緩ませる。…いかんな。笑っては悪いだろうとは思うのだが…。

「(若虎というよりは、まるで仔犬のようだな)」

手ぬぐいを差し出し「かたじけない」礼を言って隣に腰を下ろした真田は、早速と言わんばかりに団子へ齧りついた。
あっという間にふたつ消える。
そうか。そんなに団子が好きか、真田。でも犬食いはやめておけ。良く噛まないと消化にも悪い。


「こらこら。あまりそう急いては、」
「ムグッ!」
「(あー…言わんこっちゃない)ほら、落ち着いて。これで流し込みなさい」

真剣さながらの視線と熱さを脱ぎ捨てれば、真田幸村は慶次と変わらぬ年頃の、年相応のあどけなさが目立つ青年だ。少々落ち着きに欠ける。
そんな感想を俺は抱く。
どむどむと胸を叩いて茶を呷った背をさすりながら苦笑を零した。


嗚呼、翁と小太郎を思い出すなあ…。


あの猿飛という忍はもう小太郎の元へ届いたのだろうか。

いつも小太郎がしていた労わりの手を真似て手を動かす俺の心は、いつの間にやら北条へと飛んでいた。
…ほんと、女々しくてすまない。
背後という名の久秀が気になって気になって仕方無いしな。


「…秀長殿?」

「ああ、いや、なんでもない。少し、そう。君と同じ年頃の……友人とは違うな。知人を思い出していた。慶次というのだが、」
「けいじ? 前田慶次殿の事でござろうか?」
「知っているのか?」


おいどうしたんだ真田。
なんだその、微妙な表情は……。

一体何をやらかしたというんだ、慶次よ。

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