押しに弱いと誰もが思っていた



「久秀……あー、兄とは少々仲違いを起こしてしまってね。只今絶賛逃亡中なんだ。すまないが俺の事は内密にしていてはくれまいか?」


此処までの経緯を話すことはかなり憚られたので極簡潔に説明する。
信玄公は片眉を器用に上げ、真田は緊張した面持ちで主君を仰ぎ、猿飛は懐疑的な視線を投げて寄こした。
三者三様。
僅かな時間やり取りしただけだが、これだけでこの三人の関係性が此方にも伝わるというもの。

館の主へ視線を合わせ、直ぐに御暇いたす故、へらっと笑い肩を竦めて見せた。


「おぬしの事情はあい分かった。しかしのう……」

顎を擦り何やら思案顔の信玄公。
真田の主従も俺と同じように次の言葉を待つ。

「元よりこの地へは足を運ぶ予定もなかったと貴殿にも理解して頂けたと思うのだが……他に何かお疑いか」
「わははは! おぬしの見事なまでの迷いっぷりに感服致しても疑いなどせぬわ!」
「いや、……まことに御尤もで」
「佐助」
「はっ」
「おぬしの見立てでは幾日かかる?」
「あー……大人しくしてて一週間ほどですかねえ」
「……いっしゅうかん?」


はて一体何の事やら。
俺は困惑の表情で首を傾げる。

「これよ」

と、信玄公は言うや指を伸ばし俺の左足首をちょいと突いた。


「――――――っ!!!!!!!」


声も出ないとは正にこの事か!

左足から伝わった電流のような痛みが駆け上がる。目尻に生理的な涙が滲んだがぐっと口端を持ち上げ堅い笑顔で誤魔化そうと必死になる俺。
しかし痛みをやり過ごそうと耐えている俺の頭上に「捻挫はきちんと治さないと癖になるよ」呆れ混じりの溜息が届いた。


おっさんのやせ我慢は見抜かれている……。


「暫しの滞在をおぬしに許そうとわしは思う。なに、その足の怪我が治るまでの間よ。そう急がずともよい」

いやいや。先日お世話になった小田原から出てきたばかりだというのに、もうこんな直ぐによそ様でご迷惑をかけてしまうのは心苦しい。
あ、いや、この時点でご迷惑を掛けてしまっているのだが。それ以前に久秀がご迷惑をだな……ああ、また胃の腑がキリキリと痛みを……。


「お館様の仰るとおりでござる。貴殿はたかが捻挫と侮っておられるようだが今は治癒に努めるのが先決と、某も思いまする。どうぞご無理はなされるな」

黒目がちの大きな瞳に、その中に宿る真摯な光に魅せられ危うく頷きかける。
いかんいかん。しっかりしろ俺。この道端で散歩中に出会ってしまったわんこの様な視線に惑わされるな。俺には小太郎という待ち人がっ!

「……はっ! もしや待ち人が上杉に居られるのか!」
「え、ちょ、確かにそうだが」
「佐助ぇえええい!!」
「はいはーい。てか、隣にいるんだからそんな叫ばないで下さいよっ!」
「直ぐに松永殿の待ち人へ使いを! 善は急げだ!!」
「いやまて、俺の話を聞いて」
「りょうかーい。御命令とあらば従いますけど基本的に俺様は反対なんですからね! あんなおっかねえ奴引き寄せられたらたまったもんじゃねえ」
「だったらっ」

「んじゃ、まあちょっくら行ってきますかねー」


取りあえず一筆書いてと差し出された筆と紙を、重い溜息一つ零し受け取ってしまった。
なんだこのノリは……正直疲れるぞ。

いやもう何も言うまい。

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