そのうち開きます、穴が



よっこらせ。

手を突きむくりと身体を起こすと頭の奥が痺れを訴え、額を押さえた。成程、どうやら大分昏倒していたらしいな。
眉間に寄った皺を解しながら軽く状態を確認し、流れ落ちてきた髪を鬱陶しく思い撫でつけた。

「あー、すまないが水を一杯貰えないだろうか」

喉はカラカラ、そして口の中が粘つき大層不快だ。なので緑の彼にいっちょおねだりとやらをしてみた。
言うと直ぐ枕元に用意されていた水差しから水が注がれ、手渡されたそれを飲み干す。
……おや、なんでそんなにガックリしているんだ?

「いや、ちょっとは警戒したら?」

「毒でも入ってたらとか考えないの?」と言われたので「なんだ、入っていたのか?」首を傾げれば呆れた様な視線を向けられてしまった。

ははは…、小太郎にもそんな視線を時折向けられていたのを思い出すじゃないか、なあ。



「そうか、貴殿が甲斐の虎と若虎か……」

俺を助けてくれた御仁が甲斐の虎、武田信玄公。そして、あの真っ赤な青年が真田幸村なのだと名乗られなんというクジを一発で引き当ててしまったのかと天を仰いだ。(いや、気分だけで実際はきちんと相手方の目を見つめたままだが)
……という事は、この御屋敷は信玄公の館、か?
痛めた足には手当が施されていてまたしても御迷惑をかけてしまった事を詫びなければな。

寝かされていた布団の上で無作法で申し訳ないがと一言断りを入れ、此方も「松永秀長だ」名乗るとやはりという顔で緑の彼、猿飛佐助と言ったか――が頷いた。はて、

「すまないが、君とはどこかで会った事があるのだろうか」

歳の所為か最近もの覚えが悪くってね。
何も考えず口にした疑問に「アンタと同じ顔をした人に一度うちは襲撃受けてるんだけどねえ」とにっこり。
笑わぬ瞳の奥に俺を映しつつも冗談混じりの口調で返され、


くらりと眩暈が俺を襲った。


「い、如何なされたっ!」

突然よろけた俺に真田が声を上げる。
大丈夫だと声を返す余裕も無いまま、俺の脳内ではフル稼働で検索がなされていた。
何時だ。何時の事だ覚えがないぞ。
武田にも襲撃なんてアイツはまったく、どうしてそういう事しか出来ないのか……もしかして、俺はこれから行く先々で「松永に」「松永が」と言われなければならないの、か? ―――俺が係わった戦なら兎も角。

信州、甲斐、武田、真田。
思い当たるキーワードを並べたてていくと、ピン! 突然目の前が開けた。

そうだ、確かあの日。


「おい久秀、なんだその大量の蕎麦は」
「これはこれは、寂しさのあまり出迎えてくれるとは「違う」いやはや、すまないが今回は徒労に終わったよ。しかし土産も持たずに秀長の元へ帰るよりはと思い手に入れたのだが、不要かね」
「いや待――って捨てようとするな!」


「……大量の、蕎麦の土産が、あった日か」

思い出した。
確かそれから一週間、毎食蕎麦を出され久秀が先に飽きたと言うから俺が殆ど消費する羽目になったんだよなあ。
お陰で暫く蕎麦は目にもしたくなかった。

胃を擦って溜息を吐くと再び真田が心配そうに声をかけてくれる。
ああ、この慌て様は此方が気の毒に感じてしまうなあ。

「あ、その、どうなされたのか、急に胸を押さえて心の病では、っさ、佐助! 直ぐに医師を」
「あー……その心配には及ばない」
「だがしかし、」

ちょっと身内の事を考えただけだと言うと、訳が分からない、という顔をされてしまった。

「兄が、久秀が此方でも大変迷惑をかけたようで、」

痛みを訴え始めた胃を押さえながら目を伏せると、三対の瞳が瞬いた。
さて、どこから話したものか。

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