前田の風来坊



一人思い返し、別れの余韻に浸って居ると、ふわりと外套が揺れはためいた。

膝裏まである暗褐色の外套(フード付)は、そのままでは目立つからと翁から頂いた物だ。因みに今現在跨っている馬も。懐にある今やお気に入りとなった饅頭もだ。…本当に、何から何まで申し訳無くも有り難い。

それに、


「なんだい? 俺の顔に何か付いてるかい?」
「いや、…悪かったなと思ってな」


久秀への対策と対応を任せる為、後から合流しようと小太郎へ告げた時。
渋る小太郎(本当に、凄く、もの凄く渋っていた)に「途中までで良ければ俺が案内しようか?」と手を挙げてくれた。
いやはや来たばかりだったというのにすまない事をしたな。
だがその一言で何とか説得出来たのも確かだ。…何故皆そろって俺を一人にしようとしないんだろうなあ。


「アンタ、謝ってばっかりだなあ」
「…そんなにか?」
「うん、会った時からずっとね。でも謝るよりありがとうのが俺はうれしいねえ」


隣で馬を並べる前田がへらりと笑い頬をかく。成る程、それもそうだな。直ぐに謝るのは口癖みたいなもんだから気がつかなかった。


「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして! …あ、今更だけど秀長さんって呼ばせてもらうけど、いいかな?」
「構わんよ、前田の好きに呼ぶといい」
「へへっ、ありがとう! …俺の事も慶次でいいよ」

…おお。ちょっと照れくさいな、お互い今更名前で呼ぶというのは。

流石は“前田の風来坊”
参ったな、思わず絆されてしまいそうだ。…余り深く関わると後が辛いんだよな、とは声に出さず胸に終った。



此処までの道中、小田原で聞き逃した彼の話を聞かせて貰った。京を拠点に各地を見て回ったよ。と聞いた時、俺はやっと彼がどんな奴なのか思い出していた。
…何故この派手な風体を見て直ぐに思い出さなかったんだ俺って奴は。

彼は何処にも留まらぬ、風来坊。

風のような若者は俺にとってとても自由に見えた。羨ましい程に。


「―――いや、羨ましいとは少し違うか…」
「え?」
「俺から見て、お前はとても自由に見える。だが俺はそれを羨んでも“自由になりたい”とまでは思わない、というだけの話さ」
「…どうしてだい?」


怪訝そうな表情で慶次が首を傾げた。


「久秀、アイツはとても“自由”だろう?」


未だ臆病な俺と違って。
ゆっくりと慶次の瞳が困惑の色に染まる。ああ、そういえば久秀の話題は避けるべきだったか。


「まあ、そういう事さ、」
「いや、それだけじゃ分かんないって」
「分からなくても構わんさ、…だがなあ」


―――俺も所詮、松永だからな


お前、これだけはちゃんと理解しておけよと言葉を切ると、くしゃりと慶次の顔が歪んだ。複雑そうに、悲しそうに、哀しそうに。


「わるい、そんな顔をするな、慶次」

子供を虐めた気分になって、思わず小太郎にするよう頭を撫でていた。お、触り心地抜群だな。


「もし何かあった時、また思い出してくれればいいさ」

翁とは違い慶次は何処へでも行ける。人懐こく、お人好しな青年は友人も多い事だろう。―――だからこそ、今言いたくなった。
これは俺なりの予防線なんだ。


「…秀長さん、アンタ何かするのかい?」
「…………するのは俺じゃない、絶対に。…そこは、まあ、察しろ」
「…………ああ」


慶次から残念そうな視線を注がれてしまった。…頼むからそんな目で見ないでくれ。おじさんは何だか海に向かって叫びたくなったじゃないか。


「だから俺の事、余り言うんじゃないぞ。特に久秀とか久秀とか久秀とか。出会ったら直ぐに逃げとけ」
「…う、うん。わかったよ」
「頼む。あ゙ー…、俺は出来るならのんびり寝て過ごしたいのになあ」
「ちょっとそれはどうなのかなあ…」


呆れ混じりの声が次第に笑い声に変化する。
へらりとした笑い顔が慶次に戻り、安堵の溜息が洩れた。…慣れない事なぞするものではないな。


―――じゃあ、ここで、


最後の分かれ道。慶次が奥州へと向かう進路をとり、それを見送ってから慶次からもらった「誰にでも分かる!上杉への道」という手書きの地図を片手に、馬を進ませた。小太郎との合流まで少しブラつくのも良いかもな、と。

まさか地図を上下逆さに見ていたとも分からずに、…進路を甲斐へと進めてしまっていた。

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