月夜に夜襲する程度の傍迷惑 2



「これはまた、つれない事だ…」


誰に尋ねずとも直ぐに分かる。
これは彼の直筆だ。
癖の無い、御手本の様に整った筆跡。

それを読み終わると同時に、また、一投。また、一投。内容を読み終え松永が口を開くと、瞬時に投げて寄越される。
それはどこか、新手の文通か? と思えてしまう程、口喧嘩の延長に見えて…。知らず知らずの内に松永軍は一歩引いた。これはきっと、見てはイケナイモノだ。うん、と。


『何の用だ』
「さて…卿には身に覚えがないのか」
『此処にお前の目的は無い』
「何か勘違いしているのではないかね。私は別段目的があって訪れた訳ではないのだよ」
『兵を引き連れておいてどの口が言うか』
「ふっ…」


―――この口がと、言えば卿は満足かね?


嗚呼、松永様がこの上なく上機嫌に…!
松永軍は更に一歩引いた。主に、主君の機嫌を損ねない為に。今邪魔をしたら何が起こるか…想像に難くない(賢明な判断は健在だ)
彼の弟が出奔した当時、その時の近寄り難さを思えば…と皆が震える中。

ふと、今迄このやり取りを続けていた松永が急に、飽いたのか声を落とす。



「…――ところで、卿は何時までこの戯れを続けるのかね。其処に居るのは分かっている」

え、今まであんなに楽しんでらしたのは貴方様じゃ…という周囲に構わず門を見上げ、


「―――風魔、」


名を、舌に、滑らせた。
引き締まった肢体。青白い月の光を受けて浮かび上がるシルエット、秀長が伴っていた筈の伝説の忍・風魔小太郎。


「……」
「ふっ…、嘗ての卿を彷彿させる粋な計らいだ。アレにはその気など欠片も持ち合わせて無いとは思うがね」
「…………」
「気に障ったというのなら、謝罪を述べようか」

妖しく笑む松永を遠巻きに見守る者達の目の前で、パチリと小さな火花が舞う。


―――ヒュッ、


また一投。
今度は風魔自身の手から放たれた。


「『戯れ、とお前が言うのなら、探し出すのも容易だろう。精々頑張れ、久秀』」

じゃあな。と、綴った本人より少し低い声音が読み上げる。くしゃり。手中の紙片が悲鳴を上げた。


「フ、フフフフ…、これはまた、化かされてしまった様だね。既に発った後…という事かね?」
「……」
「卿は使いを仰せつかった、と。いやはや、卿もご苦労な事だ…――さて、私はこうしてアレからの文を落手した訳だが…」


“燃え盛る城砦…というのは、良い狼煙になると思わないかね?”


―――スコーンッ


また一投、今度は頬の皮一枚をギリギリ撫でた苦無が深々と根元まで突き刺さった。


「『追伸、北条その他諸々に手を出したら即座に“北条秀長”になります、悪しからず』」

「……(コクリ)」
「………」
「………」


この後、何の手も出さず引き返す松永軍を最後まで見つめる影が一つ。
漆黒の羽を残して消えていった。

逃げる目次追う
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -