月夜に夜襲する程度の傍迷惑 1


〈side??〉


「松永様、準備が整いました」


一人の男が畏まって膝を折る。
その声を掛けられた本人は、後手に組んだ腕を解きながら殊更ゆっくりと振り返った。



「ほう、漸く…と言ったところかね」

「――ッ申し訳ございません…、」


仰ぐ事を恐れたのか、そう在るよう努めているのか。畏まる男の表情は宵闇が包み隠す。


やがて、姿を現す弓張り月


「いや何、卿等の事を責めている訳では無いよ。ただ…些か私も浮かれているようだ。
…恋慕の熱に浮かされた少年のもどかしいあの気持に、良く似ている」


穏やかに見える微笑を湛え、松永が仰いだ其の視線の先には―――…北条氏政が居城、小田原城が捉えられていた。




「何処に身を寄せるかと思えば…思いのほか呆気ない幕切れだ」

今少し捻る事を期待していたのだが、張り合いのない。

紡ぐ言葉は落胆し、期待はずれだと貶めている様に聞こえる。が、言葉通りに落胆している訳ではなかった。この場に彼の弟が居たのならば引き気味に「気持ち悪い笑いをやめろ」と、苦言を述べていたに違いない。


場所は小田原城、栄光門。

北条が誇るその門前に、突如松永軍が姿を現した事に城内は騒然とし、慌ただしい空気が漂い始めていた。何故、一体どの様にして。
数々の疑問は有れど、奇襲や夜討ちを多様する梟はさも当然の様に其処に現れた。


松永久秀の目的は勿論…家出した双子の片割れ・松永秀長を奪い…基、連れ帰りに来たのが目的。


の、筈だ。


決して「私の弟が随分と世話になったようだね、僭越ながら御礼参りに馳せ参じた次第だよ。何、遠慮することはない」では無いと信じたい。

…真偽は兎も角、松永軍が夜襲に来たのは事実だ。最前列にはズラリと居並ぶ爆弾兵。一声、号を掛ければ忽ちこの巨大門も破られてしまうだろう。…だが、


―――ヒュッ、


空気を裂く音が耳朶を撫で、硬質な音を立てて黒い物体が真横に突き刺さる。ちろりと視線を動かすと…樹木に食い込む一本の苦無。
確りと結びつけられた文に気づき、開いてみると…、


 か え れ 


でかでかと、小さな紙に不釣り合いな程大きく一文だけ。

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