月夜をふらつく程度の迷惑


(side 慶次)


「月が見たい」

ふらふらと覚束ない足取りで先を歩く人は、柔らかく笑んで夜空を仰ぐ。なあ、信じられるかい? これがあの、松永久秀の弟だって。



北条のじいちゃんの元へ尋ねて来てみれば、そこに居たのは思わぬ相手。


戦国の梟雄、松永久秀の双子の弟。


松永久秀に弟が居るっていう噂は最近出回り始めたばかり。大っぴらな噂じゃないけどさ、結構広まってるんじゃないかなと思う。
(出所は不明。でもまさか双子だなんて誰も想像してない、俺がいい例だよ)

兄の方には過去にちょっとした因縁(まあ、向こうにとっては些細な事だ、もう忘れているかも知れない)はあるが、それをこの人にぶつける事はしないさ。それ位の事は分かっている。


「月見酒が恋しい」


家ではよくしていたんだ、と、呂律の回らない口が呟く。さっきだって結構飲んだのにまだ足りないのかい? と聞けば、それもそうだな、と隠れた月を探して笑った。…上ばかり見ていると転びそうだな、この人。

あ、柱にぶつかった。
…結構抜けてる人だな。


「おっと、…大丈夫かい?」


反動でよろめいた秀長。
座り込みそうになるのを、慌てて支えた。
酔っぱらいの介抱なんて慣れてるけど…なあんか気まずくないか? すまない、なんて謝られるのも妙に居心地が悪い。尻がむず痒くなっちまうよ。


「ほらしっかり歩いた歩いた」
「…君は若いのに感心だなあ」
「はは、アンタこそ歳の割に落ち着いて無いなあ」
「…(アイツ程じゃないと思うが)」
「え? 何か言ったかい?」
「おー…」
「え、ちょっとアンタ! もしかしてこのまま寝ちまうつもりじゃあ…」


流したままの髪が俺の肩に落ちる。
突然重みを増した腕の中に、ぐらりと傾いた体を抱きとめた。


「えー…? 困ったなあ」


客間まではまだ距離がある。
え、なにこの抱えて行かなければならない状況とか。自分より幾ばかりか低いとはいえ、相手は男。しかも顔は松永とそっくり。
……ちょっと所ではない抵抗がある。


「―――大丈夫…ちゃんと歩け、る」
「ああ良かった! 起きてて」
「だからはなせ、ひさひで…」
「……」


うわー…、どうしよう。
ますます気まずくないか?!


ゆるい呼吸を始めた腕の中の人。これでもかと眉間に皺を寄せて、嫌そうに顔を歪めている。いや、最早これは魘されているに近いぞ。うーん、運ぶしか無いのか…、ん?


「あー! えーと忍の兄さん、風魔だっけ?」
「………(コクリ)」
「うん、ちょっと待っ! この人引き剥がすの手伝って! それで頼むからその物騒なの仕舞ってくれって! なあ!」
「………………(シャキン)」
「はは、はー…」


ふん、と息を吐いた風魔に安堵する。

着物を弱弱しく掴む手が剥がれてから、俺はやっと息を吐く事が出来た。
耳元で騒いだのに、ぜんっぜん起きなかったこの人は結構大物なのかも知れない。当り前か。

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