予感?
もう大分小田原に―――北条家の日常に馴染んだ(と勝手に思っているんだが)頃、余りにも居心地が良くって此処に根を張りそうな自分に気づいた。
…取りあえず、そんな自分にビンタをお見舞いしてやりたい。ダメだろ常識的に。
一応客分扱いで置いて貰ってる身な為、基本的に行動は自由、…自由過ぎて戸惑うばかりの毎日だ。
でもまさか暇だからという理由で「政務手伝いましょうか」なんて事は冗談でも口には出来無いだろう。その葛藤の結果、最終的に翁のお話を延々拝聴。最近はこのパターンが多いな…。
そんな、ある意味充実した日々を送っている俺が痺れかけた足をこっそり揉んでいた時。客が訪れるんぢゃと翁から嬉しそうに言われ、
「じゃあ、お茶うけでも買って来ましょうか」
と、つい、いつもの外出ついでなんで、と当然の様に申し出て笑顔で見送られた。その際、ヒョコヒョコと不格好な歩き方で退室しようとした俺をフォローした小太郎。ありがたいけど…出来れば気付かない振りをして欲しかったかな…。
満開も終わりに近づいた桜がハラハラと風に吹かれて散り始める中、いつもより早足で通りを一人急ぐ。
小太郎は…直ぐに帰ってくるから、と言い含めて留守番している…筈だ。その所為か分からないが、途中何度か突風に顔面をはたかれつつ歩いていた。無言の抗議だとは、思いたくはないが…どうなんだろう。そう思っていると、
「うわっぷ…!」
―――強い、強い、一陣の風
――――視界を奪った美しい花の螺旋
おお、と口を開けっ放しで見上げ、いや凄いなーと空にも掛かる白い帯に目を奪われつつ歩いた。…後で思い返せば随分と恥ずかしい光景だが、同じ様に見上げる人だって居たんだ…良しとしよう。
俺とは反対に城へと向かいながら桜と青空のコントラストを見上げる―――目立つ格好の青年。
ゆっくりと地を踏む音が擦れ違った。
その擦れ違い様にまた一段と強い風が吹いて、油断していた俺は当然、
「っ……いた、…ぅお!」
悶えた。
埃も砂も花弁も、一緒に混じって顔面に。いやこれはキツイ。…何がキツイって、目の中に異物が入る事はどんな猛者だって辛い筈だぞ!
ゴロゴロする気がして、異物感に反射的に硬く瞑った目を物凄く擦ってやりたい気になる。
慎重に拭って何とか目を開けられるまでに回復してから俯いた顔を上げ…る事無く、俺は無言で店へと足を動かした。
……恥ずかし過ぎる。
後方で同じ様に悶える人が居たことなんて分からずに、ひたすら無言で店へと向かい城へと急いだ。
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