翁と孫と俺
「翁、失礼する…翁?」
応えを待つが応答が無い。暫く控えて居たが、…全く反応が返ってこない。
翁、と再び喉を張ると奥から声がする。どうやら庭に出ているようだ。呼ばれるまま室内に足を踏み入れると、槍を片手に汗を拭う元気なお爺ちゃんがそこに居た。光る汗がとっても素敵ですね…。
「鍛錬ですか?」
「うむ、どうぢゃ?おぬしも」
身が引き締まるぞいとのお誘いを受けたが、正直な所俺は鍛錬よりも読書を好む質だ。
よって答えは。
「俺はいいですよ」
「なんぢゃつまらんのお…」
まだまだ若いもんには負けぬという翁に、ちょっと休憩でもしませんか? と手に持つ盆を差し出した。ほら、小太郎も手ぬぐい持って待機してますよ。
ほくほく顔の翁(こっそり小太郎も)と縁側に腰掛ける。桜もそろそろ咲きますか。花見酒良いですよねえ。と、何気ない会話と和やかな雰囲気に自然と笑みが溢れてしまう。いや、若干ニヤニヤに近いかも知れないな。
原因は勿論。
翁と小太郎。
(こうして見ると、ホントにお爺ちゃんと孫みたいだよな…)
此方に滞在してまず吃驚させられたのが小太郎への態度。あちらでは殆ど家人と触れ合う…というか接触している場面を御目に掛った事が無かったので、実にフレンドリーに接してくる小田原の人達に目を丸くした。…きっと、昔からなんだろうなあ。
俺の欲目だけではなく、小太郎は本当に良い子なんだよ。強いし、気が利くし、お茶は美味いし。見事に三拍子揃ってる。
でもやっぱり他人からは"伝説の忍"、"風の悪魔"と云うのが強いらしく、一歩踏み込むのが躊躇われているんだと思うんだよな。
俺が思うに(あの兄は別として…)
だからこんな風に普通に人と並んで饅頭を密かに頬張っている小太郎が、凄く嬉しくて。
ちょっと、妬けるな。
(…若しかして、久秀もこんな気持ちだったのか?)
「――…ありえないな」
「…?(コテン)」
「ああ、何でも無い。ちょっと気持ち悪い想像をしてしまっただけさ、は、はは…」
無い無い無いと首を振る。そんなしおらしい訳が無い。
何でも無いと小太郎の頭を撫でてその感触に目を瞑る。お爺ちゃん越しに孫を撫でるのは体勢的に辛いが、癒しの為ならえんやこら。
ああ…、
「……俺も、孫になりたい」
思わず洩れた呟きに、
「ふぉふぉ。おぬしの歳なら息子ぢゃわい」
――…翁が、大変嬉しい事を言って下さった。成程、その指摘もご尤もだ。
「…翁は俺を喜ばせるのが上手いですね、」
何だ、じゃあ小太郎は俺の甥でもいいじゃないか。と考えながらぐりぐり撫で続けていると、小太郎の口元が少し不満そうに。
あれか、不満なのは俺が叔父なら久秀も叔父になるからか。成程。
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