うっかりお騒がせ
危うく人様のお宅に訪問するというのに、手土産一つも持たない等という失態を犯さずに済んだ俺は、小太郎のアドバイスにより饅頭と団子を購入して小田原城へと到着していた。
(店に顔を出した際、余りにも美味そうだったので後日改めて寄らせて貰おうと誓ったのはまた別の話だが)
―――薄れた記憶からは懐かしさは湧いてなどこなかったが、その壮麗な眺めに「そういえばこんな感じだったか…」なんて思わず手を打ってしまい小太郎に不思議そうに首を傾げられてしまった。
…まあ、確かに突然そんな事をされれば変だな。
突然おっさんが「ぽんっ」と手を叩く姿は異様だったろう。すまん小太郎、おじさんは小太郎に引かれたら悲しくなってしまう。
とそんなやり取りを展開しつつも案内されるまま、栄光門という見上げたら首が悲鳴を上げそうな(実際痛かった…)巨大な門をくぐった途端、声が響き渡った。
「ひょ、ひょええぇ! ま、松永久秀えぇ!」
吃驚して振り向くと、
「わしの目の黒いうちは、この代々受け継ぎし城は渡さんぞ〜!」
ほあたぁ〜! っと、若干ふらつきながらも此方に向かって駆けて来る姿に目を丸くする。
しまった、やはりこの格好では拙かったか…と直ぐ様後悔したが後の祭りだ。
先程の台詞と進行方向から見て、どう見ても俺に向かっているのは明らかだったからやり直しは利かないだろう。
これまたうっかり忘れていたんだ―――…今の自分の“容姿”というモノを。
いやいや…これはうっかりでは済まないだろうな、うっかり八兵衛の称号を獲得してしまいそうだ…等と忘れて無かったあの少しふくよかな笑顔をぼんやりと思い起こした瞬間―――、
一陣の風が吹き抜けていく。
「ぶえっくし!」
その風は、氏政公らしき老人がくしゃみをして立ち止まった背後に形を成し、何をするのかと見ている目の前で、背からふわっと抜け出た…透けてる様にしか見えない氏政公(仮)をぽんっと身体に戻して背を擦っていた。
……おおお、何だアレは、所謂幽体離脱というやつか? 小太郎、何だか随分手慣れてないか?
持参した土産から伝わる暖かさに、取りあえず自分は寝ているわけでは無いと思わず確認してしまっていた。…いや吃驚吃驚。
「…はて? なんじゃったかのう…おお、風魔ではないか! おぬしいつ帰って来たのぢゃ?」
「…(クイクイ)」
「そういえば客を連れてくると文がきとったのう…忘れとったわい」
「…(コクリ)」
どうやら普通に、何事も無く会話を始めた二人にもしかしてアレは日常的な事なんだろうかと悩みつつ、またも小太郎の機転に助けられた俺は自己紹介する為二人の元へ歩み寄り、
「お初に御目にかかる、北条の御方」
にこりと笑えば目を瞬いて固まられ…その時の心境は結構、複雑だった。
まあ、突然の訪問者が松永久秀顔ではそれは吃驚するよな。…俺も嫌だと思う。
お騒がせして、どうもすいませんでしたと謝罪したのは言うまでも無い。
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