なんか出た…



―――ザァァァ…、



突如生まれた風が頬を掠め、未だ肩口で流されたままの髪を巻き上げ一瞬目の前の暗闇を俺から遮る。

庇うように閉じられた瞼を開く頃には、雲間から顔を出し始めた月の青白い光が漸く大地を照らしだす。



“ まっていました ”

そんな声が聞こえそうだ。それ程、その様は幻想的で現実離れした光景として俺の眼には映っていた。…ある一点を除いては、




「ああ…今宵は満月でしたねえ、血が疼くはずです…クク、ククク」



疼くな、



…などと、咄嗟に木の陰に隠れた俺に本人に言える訳も無く。さてこの展開をどうしようかと呑気に構えてしまうあたり、あの兄の影響を少なからず受けているのだと自覚しなければならないな。

犬も歩けば棒にあたるというが…これは棒じゃなく死神の鎌に掛かりそうだな、と溜息を吐きそうになり自制した。

本当に掛っては堪ったモノではない。


(厄介な…、俺の感も大概当てにならんな)

どうする? とこの状況を見ているであろう彼に聞くことも出来ずに時は刻々と過ぎる。実際はそう長い時間では無いだろうに、そう感じてしまうのは焦りからか?

いや、


早くしなければ追いつかれてしまうかもしれない――、そういう危機感があるからだ。



「厄介な…」
「おや、お困りでしたか?」
「ああ…、今度は前門のしに…」

はた、と口が半開きのまま一時停止を告げる。ひやりとしたものが背筋を滑り降り、ぎぎっと錆びついた玩具の様に首を傾げた。
おお、小太郎…意外と丁寧でねっとりした喋り方をするんだなあ、という勘違いを今絶賛したい所だ。是非、させてくれ。


「前門の、何でしょうか」


完全に姿を現した満月を背に、妖しく笑うその男は俺の姿を完全に視界に捉えてゆらりと頭(こうべ)を傾ける。
それに合わせて流れたさらさらと光に輝く髪は白い糸を想わせた。

―――あと数歩、その足が進めば刃が届く距離、



死神デス…と言ったら酷く嬉しそうに嗤われた、

…厄介だ、な。

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