全部は言わせない


「…おい」
「……」

沈黙しないでくれ。何を企んでいるのか……恐いじゃないか。



久秀は先程までの怒りが嘘のように大人しく、どこか思案顔だ。(もしかしなくとも、今が逃げるチャンスか?)
だがそれも少しの間の事で、伏せ気味だった瞳を突然弓なりに細めると信じられないスピードで間合いを詰められる。

ああ、やっぱり手加減してやがったのか。
先程とは段違いの速さだ。


あっという間に腕を掴まれ、グイッと引き寄せられ一物も二物も含んでいそうな笑みで口を開いた。(まるで、取って喰ってしまうぞと言いそうな程、憎たらしい笑みだ)


「黒が良いかね?」
「は?」

意味が分からずマヌケな声が出る。しかしそんな俺には構わず、ブツブツと口の中で何事かを呟きながら又しても思案顔。
途切れ途切れに聞き取れるのは、いや白か、だが黒も捨てがたい秀長には黒が映える、とか聞こえる。
いや、まさか。流石に無いだろう、と浮かび上がった考えを打ち消す様に首を振る俺に久秀が爆弾を落とした。


「卿はどちらが良いかな? いやはや、流石に私も迷うよ」

「…はあ?」


「御披露目には黒か白か、新たに誂えようか迷っ「このッ馬鹿秀!!」


理解した瞬間、渾身の右ストレートが久秀の米神にめり込んだ。…左じゃ無かっただけ感謝して貰いたい。
打ち込んだ瞬間解放された左手を取り戻し、吹き飛んだ久秀の行方を見ずに高々と宣言した。



「俺は今から家出する」



つかつかと音を立てて兵達の群れに足を向ければ自然と左右に別れる。
今の自分は相当酷い顔でもしているのか、それとも主を吹き飛ばした俺に恐れを抱いたのか真相は分からないが、構わない。

今、完全に頭に血が上っている俺はいつの間にか差し出された己の得物を無意識に腰に差し、手渡された羽織に袖を通してひたすら門へと突き進んむ…くそ、久秀の奴。…倒れる姿も絵になってやがるんだろうな。


──その日、俺は城を飛び出した。もちろん、小太郎を連れて。


……頼むから追いかけないで下さい。

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