03
「はあ、」
「何か悩み事かね」
「ああ、これからの自分について、……おはよう」
吃驚した。
突然かけられた声に意識せず答えかけた口を、とっさに挨拶で誤魔化す。
先程まで閉じられていた瞳を気怠げに細め、ボケッと考えに浸る俺を見上げていた男。思わず硬直する。
「いやはや愉快愉快。寝込みを襲うならもう少し早く来たまえ、」
「あのな、」
寝起きで寝言を言っているのか。ふざけた事を言っているが…それにしても機嫌が良いな。笑っている。
むくりと起き上がった久秀は鬱陶しげに髪を払い、瞼を擦りながら俺を呼ぶ。
そんな仕草もどこか艶があり、松永久秀という男の品格を滲ませていた。
「秀長」
「…なんだ、」
「卿は私と朝餉を共にしたいのかね?」
「……なんでそういう話になるんだ」
げんなりと目を細め、顔の筋肉が嫌そうな形を作る。というか、未だ止まない頭痛の原因はお前だと言うのに(月見酒だなどと、酒に釣られた俺が馬鹿なのだが…)
普段は俺よりも起床時間の遅い久秀とは、共に席には着かない。今日はたまたま、三好に頼まれ渋々起こしただけとは…今は言えないな。
(この男、寝起きの悪さはお墨付き。指パチンなどされたらたまったものではない。)
そんな昨夜の夜更かしの諸悪の根源は実に楽しそうに笑いながら立ち上がり、既に備えられていた着物に手を伸ばす。
──どこかで見た覚えのある色合いに、気づかない振りをする。
衣擦れの音を背後に残し、城主の目覚めを知らせに俺はその場を後にようと立ち上がる。が、名を呼ばれ同じ目線で振り返る。
「──…おはよう、」
これには吃驚しすぎて、俺は暫く顔をあげられなかった。
面と向かっての挨拶など、どれくらい振りだろうか…。
綴るかのように、ただ穏やかに
(卿は卿のままで良いと思うのだが、)
(今更照れるなど、俺はやっぱり、緩みすぎだ)
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