01


───さらさらさら、

耳朶を掠める微かな音。
リズムよく擦れ合う布の細かな摩擦音。

───さらさらさ、ら

幾分か控えめに奏でられるソレは、朝になれば耳にする生活音。

嗚呼、朝がやって来た。
ぱちりと音がしそうな程勢いよく瞳を開く。昔から目覚めだけは良いほうなんだ。
…貧乏性かな。

ぱちぱちと幾度か瞬きして、凝り固まった体を伸ばしてもそりと動き出す。
くそ、…頭が痛いな。
ズキズキと疼く頭痛に頭を抱えたくなる衝動に駆られるが、サッパリとしたいのも確かなので顔を洗いに部屋を後にした。


「あ゙〜〜、」

朝特有の澄んだ空気に気を引き締められ、冷たい井戸水に無意識に声が漏れる。
…年寄り臭いという無かれ。前世の分まで足したら十分に俺は年寄りだ。

「あ、」

びしょびしょになった顔と手を水に映し、呟く。しばしの逡巡、ごしごしと白い夜着で拭う。…ヨレヨレになってしまったが、まあ良いだろう。
気が咎め、いそいそと見つからない様に自室に帰り、着替えに取りかかった。


「…秀長様」
「…失礼を、」
「お目覚めで御座いますか…」

キュッと帯を締めると同時に障子越しに影が差し、控えめな声に名を呼ばれる。

「──ああ、少し待ってくれ」

流したままだった髪を下で結わえれば、身支度は終わる。久秀の様な髪型は自分では出来ないので、自然とこうなってしまう。
いいぞと障子へ向かって声をかければ、音もなく開かれた。

「おはよう御座います、秀長様」
「急がせてしまった様で申し訳御座らぬ…」
「良くお似合いで御座いますな」
「はは…、おはよう」

非常に複雑だ。

麹塵(きくじん)色の色無地は渋い緑が俺好みで気に入ってはいるが、(後に天皇にのみ着用出来た色と知って吃驚した)久秀が誂えた物だからかその感想は複雑だ。

あまりそういう物に頓着しない己の私物には、度々新たな着物が紛れている。
(問うと「私は知らないがね」と素知らぬ顔をされるので放っておいてる)

一人空笑いを浮かべている俺に、三好三人衆が本来の用件を告げようと(なぜか言いづらそうに)口を開いた。

「実は…」
「誠に申し訳有りませんが……」
「松永様が…」

いや待て、みなまで言うな。悲しいかな、察してしまった…こいつらの用件を。
はー、っと重い溜め息を力一杯最後まで吐き出して今度こそ俺は頭を抱えた。

…勘弁してくれ。

「──わかった…、君達には世話をかけたしな、」

そう、竜の爪事件(正しくはお土産事件?)で重傷を負った彼らはまだ完全でない。お陰で小太郎も未だ療養中だ、…寂しいじゃないか。

そんな彼らに申し訳なく思い、渋々だが重くなる足を引きずり、その場に恐縮する三人を残して部屋を後にした。

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