02
この世の理。戦国の常。内に閉じ籠もり、瞳を閉ざし前を見ようとしない俺に突きつけようとする久秀。
見なくてもいい、見ずに覚めようと足掻く俺に、一体何を悟らせる気だ。
(駄目だ、嫌だ、解らせるな…! 認めたら、俺達の線が…引いていた筈の境界線がぼやけてしまう…──、)
ジリジリと動けずに固まった俺に、久秀が語りかける。
「何を恐れているのかね」
ぞわりと、核心を撫でられる感覚に身震いする。人の本質をえぐり出す様な久秀の言動には時々、本当に心を読まれているのではと思いたくなる。
「恐いものなど、」
本当に恐いものなど、今の俺には答えられるものではないよ────、
ぐっと、胃の府からせり上がる切なさに耐えたのを、今でも覚えている。
(懐かしい、夢を見ていた)
ハッと気付けば、額から流れ落ちる汗が血と混ざり涙の痕の様に顎を伝い、雫を垂らす。
過去の霞が晴れた頃には、息は乱れ平静を装うのがやっとだった。元々、内務や軍師として後方に控えるばかりだった俺に、奥州の双竜の相手は過酷を極めた。
(普段のツケが、ここに来て回ってきたと言うことか…)
悪態を吐きそうになり、ギュッと口角を笑みの形に引き上げる。
お互い、満身創痍。
どちらに不利なのかは、目に見えていた。
互いの呼吸を溶かしたかの様に、此方に息つく隙を与えぬ猛攻を繰り出す二人。
互いが互いを補い合い、信頼し合うからこそ背中を預けた独眼竜と、その右目。
今の俺には眩しくもあり、妬ましくもある場景に、その絆を引き裂いてやりたい衝動に駆られる。
(欲しがればいい、)
久秀の声が耳に蘇る。
(奪うがいい、)
ヒュッ、と喉の奥で息が詰まる。
渇きにも似た飢餓感が、正常な思考を覆い隠す。胸にポッカリと空いた埋まらない穴。その空虚が、焦燥を生み出す。
理性はこんな事をしても意味は無いのだ、と警鐘を鳴らすのに──絶望が、哀しみが、次から次へと溢れ出しては、止まる体を動かしていた。
「──松永ァッ!!」
ギィンッと刃と刃が火花を散らし鍔迫り合い、ガチガチと拮抗し合う。刃を挟み片倉小十郎が凄みを利かせた唸りを上げる。
「テメェだけは、この俺が叩き伏せる!」
「…すまないね、少し余所見をしていた、」
「──ッ、テメェはッ!」
更なる重みを増した右目の攻撃には最早、気力だけで応じて弾く。飛び退き斬撃を躱し距離をとる。
俺を未だ久秀だと勘違いしている相手には、己の技は使うことはしなかった。
…久秀として、決着を着けたいと半ば意地になっているのかもしれない。
「テメェは地獄の底に返ってな! 松永ァッ!!」
一筋の雷が、地を貫き影を縫い止める。右目が再び間合いを詰め、躱しきれなかった切っ先が元結を掠める。
バサリと解けた髪が宙を舞い、視界を遮る髪の間から白刃が迫り来る。
(駄目だ、間に合わない)
振り下ろされる刃がやけに鈍く感じる。踊る炎が俺達を照らし、影を濃く浮かび上がらせ一枚の絵を地に描く。
ゆらゆらと踊る"人でなし"の形。
断罪の剣は確実に迫っているというのに、ピクリとも指先に力は伝わらなくなる。
ガタが来ていた体は動きが鈍り、足が止まる。
「 ごめん、久秀 」
目の前に迫る白刃に、瞳を閉じて待ち受けた。
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