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 一通り、お互いの「充電」を済ませたところで、そういえば、と俺はさっき寝ぼけていた間にも気になったことを指摘した。

「つうか理一さ、お前、なんか目元のクマ濃くなってね?」

 食堂で見かけたときは、志摩と本村アカネが復帰したおかげかちょっとは顔色が良くなっていたはずなのに。まさか、またなにかあったのだろうか。

(……それ以前に、あのあと食堂はどうなったんだ?)

 今更ながら不安になってきて問い詰めれば、ああ、と理一は困ったように眉をしかめた。

「ちょっと、寝不足でな」
「ちょっとってレベルじゃねーだろ、それ」

 いかにも「寝不足です」「寝る時間もないくらい忙しいです」といった感じのそのクマのどこが「ちょっと」だというのだろう。前から思ってたけど、こいつ、自分のこととなると管理が適当すぎないか? もっと自分を大切にしろ、と親のように説教したくなる。

「また生徒会の仕事に追われてんの?」

 や、でも志摩と本村アカネが今の状況でまた仕事を放り出すとは思えないし。じゃあ、なんでまた? 頭を悩ませていると、ふっと理一がほっとしたように息を吐いた。

「なんだ、案外元気そうだな」
「は?」

 拍子抜けしたとでも言いたげな口ぶりに、一体なんのことだと首を傾げる。けれどすぐに、「あ、やべ」と口を滑らしたことを後悔するような表情を浮かべた理一に、ワタルとの一件のことを言っているのだと悟った。

「……なんだ、理一知ってんの?」
「お前の同室者……スーザン、だっけか。あいつが知らせてくれた」

 そういや、転入してきたばっかのときに言ったもんな。会長と仲良くなったー、って。理一のツイッターのこととかも話したし。それで、心配してるんじゃないかってわざわざ知らせてくれたのだろうか。
 そんな俺の仮説は、けれど、複雑そうに口を開いた理一の説明によってすぐさま否定されることとなる。

「あの日。食堂であの転校生から逃げてしばらくしたあと、お前に報告と礼を兼ねて電話をしたんだ」
「え、うそ。まじで?」

 全然知らなかった。ワタルのこともあってあれ以来携帯をあんまり触っていなかったから、理一から着信があったなんて気づきもしなかった。

「まぁ、今になってみれば当然というか、お前は出なくて。どうかしたのかと何回かかけ続けていたら、見かねたんだろうな。あいつが出て、お前になにがあったのかを教えてくれたんだ」
「そう、だったのか……」

 ならきっと、俺がずっとワタルにストーカーされてたってこともきっと知っているんだろう。あの時、風紀委員室で忍がワタルのことを風紀に訴えていたときには、二木せんせー含めてみんな知っているっぽい空気だったし。
 どっちにしたって理一は生徒会長なんだから、風紀で一連の出来事を処理する過程で、きっと書類なりなんなりで知ることになったのだろうとは思う。前に、学園に関連するほとんどの案件と書類は一度生徒会を通るんだって理一本人が言っていたから間違いない。

 仕方のないことなんだろう、とは思う。けれど、今の俺にはそれが受け入れがたいことに思えた。
 さすがに俺がワタルにされたことを全て漏らさず知らされたわけじゃないだろう。それでも、俺がワタルに「そういう目」で見られたんだと理一に知られてしまったことに、得体の知れない恐怖が生まれた。

「……そういえば、さ」

 そのことについて触れられたくなくて、わざとらしく話題を変える。

「あのあと、食堂どうなった?」

 佐藤灯里の発言にムカついて、つい怒りと勢いだけでやらかしちゃったけど、あのあと、色々と大丈夫だったのだろうか。主に佐藤灯里によってでっちあげられた理一への疑惑とか、そういう点で。

 よく考えたら、あれからずっと登校してないから今の学園の状況も全然わからない。もしかしたら、あの時俺が中途半端に理一を逃がすようなことをしたせいで疑惑を晴らしきれなくて、だから理一は疲れているのだろうか?そんな不安が、暗雲のように俺の心を覆って行く。
 だがそんな俺をよそに、理一はどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

「ああ、実はな。あのあと、志摩と本村が全てを話してくれたんだ」
「え……?」

 理一いわく、二人は今まで自分たちが仕事を放棄してたこと。理一がその分を全て負担してくれていたこと。ようやく目を覚まして仕事に戻っただけで、理一に脅されてなんかいないこと。
 むしろ、理一は今まで散々自分勝手なことをしていた自分たちを受け入れてくれた懐の広い人間であることなどを、食堂内にいた大勢の生徒たちの前で佐藤灯里に語ったらしい。

「それって……あいつら、大丈夫なわけ?」

 そりゃ、本当のことを本人たちの口から話してもらえたら誤解もなにもないだろうけど、二人の生徒会役員としての立場とかは大丈夫なんだろうか。せっかく生徒会に戻ってきたのに。と問いかければ、理一は、志摩たちが話してくれたことを自分で説明したのが照れ臭かったのか、少しくすぐったそうに「ああ」と応えた。

「その点は俺も心配していたんだけどな。今はもう仕事に復帰していることと自ら非を認めたこと、それから佐藤灯里をはっきりと拒否、否定したことで、むしろ二人の評価はプラスになっているみたいだぞ」

 へぇ、そういうものなのか。
 なんだか、今まで散々理一に負担をかけてきたというのにそんなにあっさり受け入れられてしまうものなのかと思うとちょっと複雑だ。まあ当の本人は特に気にしていなさそうだし、これ以上理一に害がないならそれでいいけど。

「それからな、」
「うん?」
「今回のことをきっかけに、早瀬も生徒会に戻ってきたんだ」
「えっ、副会長が?!」
「ああ。もっとも、正確に言うと戻って『こさせた』んだがな」

 理一の話によると、食堂の一件を通じて志摩たちの評価が上がったのとは対照的に、未だに佐藤灯里について回っていた副会長への批判の声が一気に高まったらしい。それまで溜まり続けた生徒会や佐藤灯里への不満が一気に爆発してしまったんだろう。
 理一たちは、それを利用する形で副会長に自分の立場をわからせて、目を覚ませたんだそうだ。

「まぁ、ここまで来ても目が覚めなかったら本当に馬鹿の一言に尽きるけどな」

 そんなやつなら生徒会には要らねぇよ、なんて。不敵な笑みを浮かべながら言っちゃう理一さん、カッケー。

「全部、お前のお陰だな」
「俺は……べつに、なにも」

 理一は「心の底から感謝してます」といった風に言う。きっとその言葉は本心から来ているんだろう。けど、謙遜なんかじゃなくて、事実として俺はなにもしてない。

 だって、俺があそこであんなことをしなくたって、最初から志摩と本村アカネがちゃんと話していたら大丈夫だったはずだ。なのに俺はあんな風に余計なことをして、結果として西崎を傷つけて。
 ワタルのことだって――

「ハル、……おい、重陽。聞け」

 ぐるぐるし始めた俺の思考を断ち切るように、理一がぐっと俺の両肩を掴んだ。ちょっと痛いくらいな手の力に反射的に顔を上げると、理一と目が合った。強い視線に、意識がとらわれる。
 また、あの甘い匂いがふわりと辺りに漂った。

「お前が誰かのためにしたことが、実際相手のためになったかどうかは、お前が決めることじゃないだろ」
「……」
「それを決めるのは、された側だ。つまり、俺なんだよ」

 俺だ、と強調するように繰り返して、理一は続ける。

「その俺が『お前のお陰だ』って言うなら、お前のしたことは俺の役に立ったんだ。ぜんぶ、お前が……お前がいたから」

 だから俺はここまで来れたんだと、そう呟く理一の声は泣き出しそうに震えていた。

「り、いち……?」
「なのに、俺はなにもできなかった」
 ぎり、と奥歯を噛んで、理一は表情に悔しさをにじませる。
「生徒会長なんて、名前だけだ。実際は大事なやつ一人守れなくて」
「……理一」
「お前に、支えてられて。――こんなの、フェアじゃない」

 友人なのに、と理一はぐっと指先に力を込める。それはそのまま俺の肩に伝わってきて、俺はぎしりと軋む肩の痛みで理一の想いの強さを知った。

(友人だから対等でいたい、って思ってくれてるのかな)

 そうだとしたら、すごく、嬉しい。

 かすかに震える理一の肩を見ていたらなんだかたまらなくなって、俺は思わず理一の体を抱き寄せた。さっきとは違って、今度は俺の方からする抱擁。
 充電なんかじゃないこれは、俺たちにとって一体どんな意味があるんだろうか、と。そんなことを頭の片隅でふと考えた。





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