あなたのよわいところ

「乾先輩、何のご用でしょうか?」
「ああ、来てくれたね。桜井。」

ここで乾が出てきたことでお気づきかと思われるが、乾はとあるものを優香に飲ませようとしていた。
何の疑いもなしにやってきた優香の顔を見て、怪しげな表情をした乾は優香に語り掛けた。

「海堂とはどんなだ?」
「どんなとは・・・?」

優香は少し考えてから「ああ!」と口に出した。

「良くも悪くも・・・って感じですかね。」
「ふむ・・・それは残念だ。海堂と桜井はとてもお似合いだからね。」
「えっ。そ、そんな〜。照れます。」

乾の計画も知らず、優香は素直に頬を染める。

「良くも悪くも。その現状を打破したくはないか?」
「えっ、できるんですか?」
「ああ。ここにある、これを飲めばね・・・。」

優香は乾に差し出された飲料を見て、赤かった頬さえ一気に青くなった。
乾の計画を知った優香は一歩、一歩と下がる。そしてここまでだまされた自分を恨んだ。

「ま、まさかそれは、乾汁?!」
「今回は少し違うものを期待して作ってみたんだ。さあ、どうだね。これを飲めば万事解決!」
「ぐぬぬ・・・。いえ乾汁、絶対に飲まないと決めたんです!あの惨事を見た事があるから!」
「しかしこれを飲めば何もかもうまくいくんだぞ?いいのか?こんないいチャンスを!」
「うっ・・・」

しばしこのような戦いを繰り広げた後、結局優香が折れてしまった。
やはり愛しい海堂と仲良くなりたいという気持ちが大いにあるのだろう。
謎の物体を手に「今回だけですよ!」と乾にいい、一気に飲み干した。

―――ん?マズくない・・・。

身体が異常反応を表しているわけでもなく、気絶するほど不味くもなく、なんだか水を飲んでいるような感覚だった。

「い、乾先輩。なんなんですかこれ?」
「フハハ・・・。実験は成功だ・・・。」
「え?」

実験・・・。乾の不吉なひと言が聞こえたようだったが、考えたくもなかったのでとにかく何も聞かなかったことにする。
乾はとても楽しそうな顔をして優香に語り掛けた。

「これで桜井は大丈夫だろう。さあ、早く海堂の元へ行ってやりなさい。」
「へ?あ、ハイ。さようなら、乾先輩。」

部活が終わった後だったので、海堂は玄関で待っているだろう。
髪を手櫛で整え、いつもの逞しい後ろ姿を見つけると海堂の名前を呼んで駆け寄った。なんだか気分がいい。

「薫くん!」
「おう。遅かっ・・・・・・。」

海堂は優香を見たまま固まってそのまま動かないでいた。そんな海堂を不審がって優香は更に距離を縮める。

「どうしたの?薫くん。」

ぽす、と頭にごつごつした海堂の手の平が乗る。なんだか心地よくなり、撫でられるがままでいたが、海堂は戸惑っているようだった。
海堂は深呼吸をしてから瞳をキョロキョロ動かしつつ言葉を紡いだ。

「お前・・・猫になってるぞ・・・。」

え?
猫になっている?自分の手を見たが人間だ。海堂は頭をぶつけたのだろうか。
鞄から鏡を取り出してみてみると、頭からふさふさした猫の耳が映えている。そしてスカートからは尻尾がふるふると一人でに動いていた。
優香は信じられない現状に思考が停止した。海堂に「大丈夫か?」と言われてよく考えてみる。乾のせいにきまっている。

「わ、わたし、乾先輩の、変な飲み物、飲んじゃったの・・・。」
「何?!」

海堂は急いで携帯を駆使して乾に連絡をとった。どうやら乾曰く、すぐにどうにかなるらしい。
ついでにデータを取っておいてくれと言われたそうだが、今は乾への怒りしかなかった。

「と、とりあえず、これ被れ。」
「わっ。」

海堂の匂いで包まれたかと思うと、頭は海堂の青学テニス部ジャージで包まれていた。

「これもどうにかならないか?」
「っ!!」

海堂がスカートからのびる尻尾を手にした途端、びりっと電気のようなものが体中を駆け巡った。
身体の中心に熱が集まるような変な感じがしたと同時に、声にならない悲鳴に似たものが口から出た。
海堂はその様子に赤面しつつも「わ、悪い!」と尻尾を掴んでいた手をぱっと離し、優香を抱えた。

「え、ちょ、薫くん?!」
「・・・どうしようもねえからとっとと家帰るぞ・・・。」
「あ、え?はい。」

海堂は今までにないスピードで優香の自宅へつくと、優香が鍵を開けて家に入る。途中で二人を襲った突然の大雨に、海堂は溜め息をつく。
そんな様子を見て優香は海堂にふかふかのタオルを渡した。

「バカ野郎。まずお前だろうが。」
「わっ・・・。」

海堂は受け取ったタオルで優香の濡れた頭をがしがしと乱暴に拭く。
時々布越しの硬い海堂の指が頭の耳と擦れあってなんだか変な気分になるのに優香は気づいていた。

「も、もう大丈夫だから!薫くんも上がって?」
「あ、ああ・・・。」

海堂は濡れた自分の身体を拭いて玄関を跨ぐ。律儀に靴下を脱いで入ってくる所が海堂らしい。
ふわふわのネコミミをぴくぴくと動かしながらも、日常と変わらない様子で海堂を自分の部屋に連れていき、暖かいココアを差し出した。
少しココアを冷ましてから飲む海堂の、上下する喉仏を見つめていた優香の視線に「なんだ?」と返す海堂。

「なんでもないよっ・・・。」
「そうか・・・?」

絨毯の上の尻尾が左右に揺れているのを見て海堂はなんだかむず痒い気持ちになった。

「お前は飲まないのか?」
「私、元から猫舌なの。」

小さい舌を出して困った顔をする優香がやはり愛おしくてたまらなくなったのか、無意識に頭を撫でる海堂をみつめる優香。
自分のやっていることに気づいたシャイな海堂はすぐに手を離して「あっ、いや、今のは・・・」なんてどもっている。
そんな海堂を見て優香はもっと撫でられたくて、海堂の手のひらに自分の頭を押し付けた。
海堂は優香の行動に驚きつつ、頭を撫でた。心地よさそうに目を細める優香を見て海堂は鞄から何かを取り出した。

「・・・ねこじゃらし?」
「・・・ああ。」
「もうっ、薫くんったら。」

「私がそんなもので遊ぶと思う?」そう言いつつも、海堂が左右に揺らしているそれに優香の目は釘付けだ。
目の前で揺らしていたものを床にぱっと落として、海堂は優香を見ながらねこじゃらしを左右に揺らす。やはり見ている優香。
スカートから生えた尻尾は上に上がって、楽しそうに揺らされている。
海堂は臨戦態勢に移っていた優香を見て、ねこじゃらしを更に激しく動かす。予想通り、優香はねこじゃらしでじゃれはじめた。
はしゃいでいる間に、海堂の太ももに転がる状態になった優香が可愛らしくて海堂は思わずお腹をくすぐったり、頬を横の髪ごとわしゃわしゃと撫でたりした。
満更でもない優香は海堂の腕や腰に絡みつきながらにゃあにゃあと鳴いていた。
きゅうっと胸を締め付けられるような愛しさにかられた海堂は優香の額にキスを落とした。

「・・・!」
「・・・あ、ああ・・・その、なんだ・・・。」

海堂は自分がやったことの恥ずかしさに気づくと、太ももにいる優香に惜しげもなく赤い顔を見せていた。
優香は海堂が愛おしくてたまらなくなりながら立ち上がり、赤い頬にキスをして首に絡みついた。

「好きだよ、薫くん!」
「・・・ああ。」

赤い顔をしながらも苦しいくらい優香の腰を引き寄せて抱きしめた海堂は、聞こえるか聞こえないかの声で同じ言葉をささやいた。



***
とりあえず困ったら乾のせいみたいになる。乾ごめん。


(2015.10.02)
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