彼女の名は、レッドと言う。
誰よりもポケモンを大事にする心優しい女の子であり、おれの家の隣に住むお隣さんであり、さらに言うと、おれが昔から恋心を寄せている意中の相手でもある。
昔、とはいっても、物心ついたころから意識していたわけではなくて、ある時ふと自分の気持ちに気づいた、という具合だ。
そもそも、おれたちの関係は「お隣さんで幼馴染み」であった。
いつもおれの隣には彼女がいて、おれはそれが当たり前なんだと思っていた。
ふたりでよく遊んだり、互いの家に泊まるなんてことはしょっちゅうやっていたし、時にはレッドの手を引いて、こっそりトキワのはずれの森まで出かけたこともあった。
マサラには同じ年頃の子供が少なかったから、必然的にそうなったのだろうと思う。
けれどいつしかお互い成長して、旅に出てからは彼女の手を引くどころか、その手に触れることすらなくなっていた。子供のころに当たり前だと思っていたことは、本当は当たり前なんかじゃなかったんだと気づいた時に、おれはふと心の中が空っぽになったような感覚を覚えたんだ。
その時確かに感じた。
おれはずっと、レッドのことが好きだったんだって。

「よお、レッド。まだこんなところうろついてたんだ?」

おれなんか、お前がぼさっとしてる間にポケモンたくさんつかまえたぜ。
バッジだってほら、こんなに集まったし。

肩にパートナーのピカチュウを乗せて歩いているレッドを見つけるたびに、おれはそんな言葉を吐き出しながら、足取り軽く彼女に歩み寄る。
ほんとは、こんなことが言いたくて、声をかけたわけじゃない。
けれど、ちょっとだけむっとしたように頬をふくらませるレッドが可愛らしいから、これがなかなかやめられない。

「僕だって、たくさんつかまえたよ」

バッジの数だって、グリーンと同じだもん。
そう反抗してきたレッドに、おれはいつもの台詞を投げ掛けるんだ。
もうお決まりのパターンとなっている、あの台詞を。

「じゃあ、ためしにバトルしてみるか?」

「…のぞむところ」

そうしてモンスターボールを構えて、毎度バトルに発展するのは楽しいけれど、ちょっと寂しくも思う。「お隣さんで幼馴染み」という関係が「ライバル」に変わって、幼いころよりも喧嘩の回数が増えた。
互いを競争相手として意識するようになった。
おれの言葉に反発してくるあたり、それは少なからずレッドも感じていることだろう。
けれど、そこでおしまい。
おれはそこから先が、なかなか踏み出せないでいる。
もし仮におれが一歩踏み出したとして、それがレッドに想いを伝えることだったら、彼女はどんな反応をするだろう。
幼いころは、おれが好意を示せば自然とレッドも返してくれた。
けれど、おれに対する彼女のそれはきっと、幼馴染みとして、友人としての好意だ。
おれはその手に触れたいと思うし、その笑顔を独り占めしたいとも思っている。そこがきっと、圧倒的に違う。


最近大人びてきたレッドは、前とは違う凛とした雰囲気があってとても綺麗に思える。
そのくせ、たまに見せてくれる笑った顔は、まだおれたちが手をつないで遊んでいたころとなにひとつ変わっていない、無邪気な笑顔だ。それがまた、可愛らしいとも思う。
毎回、レッドに会うたび、こんなことを考えるおれはよっぽど末期なんだろう。
この気持ちを彼女に伝えることができたら、どんなに楽になるだろうか。

「グリーン、これから勝負だっていうのに、考え事?」

余裕だね、なんて。
傍らにばちばちと電気袋を光らせるピカチュウを従えて、レッドが不敵に微笑んだ。
あ、そんな顔も綺麗。じゃなくて。

「ああ。お前を相手にすんのに、本気になる必要ないからな」

「……ぜったい、勝つから」

分かりやすく挑発に乗ってきたレッドに合わせ、おれもベルトからモンスターボールを取り出して空中に放った。
中から現れたイーブイが、ふさふさの尻尾を揺らしてピカチュウの前に踊り出る。
意地を張るレッドの目に微かに浮かんだ輝きの色を、おれは見逃さなかった。
そう。たとえどんなに喧嘩調子で勝負を挑んでも、その結果互いに意地を張ることになったとしても、おれの一番の相棒を繰り出せばレッドの機嫌がたちまち直ることを、おれは知っているのだ。
そしてどうやら、今まさに対峙している互いの相棒も、その事実に気づいているらしい。
イーブイがおれを振り返り、またいつものパターンかとでも言うようにため息をついてみせたので、おれは後でちゃんと毛繕いしてやるから、と目で合図を送った。

「おれに勝てたら、イーブイもふもふ権を貸してやってもいいぜ」

「ほんと?」

ほら。
さっきまでの拗ねた態度が嘘みたいに、レッドの顔がみるみる明るくなっていく。
こいつの喜怒哀楽をこんなに間近で見ることができるのは、おれくらいなものだろう、なんて。
結局、おれは彼女の拗ねた顔も、笑った顔もぜんぶを独り占めしたかったというわけだ。
たぶん、いややっぱり、おれは確実に末期だ。

(待ってろよ、いつか、必ず)

その手をとって、おれだけのものにする日まで。









もう少しだけ、「ライバル」と名のついたこの心地よい関係に甘んじていようと、おれはさっそく相棒に先攻の指示を出すことにした。

















いつかのための、モラトリアム














案外、それは遠い未来でもないかもしれない。























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淡い初恋的な緑赤が書きたかった…





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