長いです コトレ♀慣れ初め話 新しい風の吹き抜けるワカバタウンから旅に出たあの頃、あたしには目標がみっつありました。 ひとつは、ウツギ博士から託されたポケモン図鑑を完成させること。 ふたつめは、ジョウトのジムを制覇してポケモンリーグに臨み、殿堂入りすること。 そしてみっつめが、憧れのあの方にお会いすること。 三年前にテレビでリーグのチャンピオン戦を拝見してから、あたしの心はずっとあの方に奪われておりました。 フィールドを見つめる鋭い眼光、的確な指示、どんな逆境においても諦めない強い心。そして、バトルが終わった後の、激戦を勝ち抜いたパートナーへの優しい微笑み…。 思えばあの素敵な笑顔にばきゅんと心を撃ち抜かれて、あたしは旅に出ようと決心したのでした。 この田舎町を飛び出して、ジョウトをまわって殿堂入りして、あの方にお会いして、あわよくばお近づきになりたい。そう心から願って16歳の誕生日に旅に出て、はや数ヵ月。なんとあたしのみっつの目標のうち、ふたつはもう叶ってしまったのです。 ポケモン図鑑完成、の他の、ふたつの目標。 殿堂入りしてからさらにカントーを巡って、最後に訪れたシロガネ山という霊峰に、あの方は堂々たる姿で立っていたのでした。 初めてあの方を見とめた時、嬉しさのあまり卒倒してしまったのは、記憶に新しいことです。 あの方は、“レッド”という名に相応しい、透き通った赤い目をもっておりました。 とても綺麗なその目は、彼が口で伝えるよりも多くのことを語ってくれました。口数少なく、感情をあまり表に出さない彼の、その心の内を知る手段。 それが、彼の目なのでした。 そしてその目は今、優しくあたしに向けられています。 それがあたしは嬉しくて嬉しくて仕方ないのです。 「レッドさん!今日はお土産にいかりまんじゅうを買ってきたんです。一緒に食べましょう」 「…うん。ありがと、コトネ」 いつもバトルの後、パートナーたちを回復させてからは、楽しいおしゃべりの時間が始まります。 今日のお茶菓子は、チョウジタウン名物のいかりまんじゅうです。レッドさんは意外にも甘いものが好きなのです。 凛々しい姿に似合わず可愛らしいお方です。 それを知った時、あたしはまたひとつ心をばっきゅんされてしまいました。 お茶菓子をつまみながら他愛もないお話をして、笑って、気付けばもう日の暮れる時間です。 あたしはいつもこの時間を迎えるのが寂しくてなりません。かと言って、雪山で一泊するには体力が持ちません。 レッドさんと別れるのを名残惜しく思いながら、あたしはにぱっと笑顔をつくりました。 「それでは、日が暮れる前にあたしは帰りますね」 立ち上がってそう言うと、レッドさんはまた優しい目を向けてくれました。 それから一緒におしゃべりの場である洞窟を抜けて、吹雪の中をあたしは一歩踏み出します。 びゅおお、と吹き抜ける風が、肌に痛いです。 「また挑戦しに来ますー!」 「うん。待ってる」 さようなら。と、レッドさんに背を向けて、歩き出したその時でした。 「…あ、れ?」 踏み出した足の、着地した所の雪が、ずぼっと音を立てて崩れました。 ゆらあ、と揺れる視界。 どうやらあたしは文字通り、崖っぷちに一歩踏み出してしまったらしいのです。眼下に広がる剥き出しの崖と、あ、これ死ぬわと頭をよぎる走馬灯。 その中で、レッドさんの焦る声が聞こえました。 ――ああ愛しいレッドさん、あたしはもう駄目かもしれません。あたしがここで天に召されることになっても、あたしのこと忘れないでくださいね、ああこんなことなら一回くらい抱き締めてもらうんでした、あなや南無三―― …以上、思考時間0.1秒。 「コトネ!!」 ぐい。 腕を引かれて、身体が後ろに倒れこみました。 視界がぐるんと反転して、ぼすっと収まったそこは、レッドさんの腕の中。 「…危なかった」 ばか。そう呟くレッドさんの顔が目の前に見えました。 助かっ、た。 あたしはどうやら、生きているらしいのです。 「レッドさん…!!」 ありがとうございますぅぅう! 助かったことが嬉しくて、あたしはみっともなく、その細い身体にすがりついてしまいました。 よしよしと頭を撫でられて、落ち着いた頃に暴れだす心臓。 それと、少しの違和感。 あたしは今、冷たい雪の上に座り込んで、レッドさんに抱き締めてもらっています。 けれどなにかおかしいのです。 どきどきしながらあたしが顔を埋めている、彼の胸元。 そこに、“彼”であるならばないはずの、柔らかいものがあるのです。 あたしはなんとか声を絞り出しました。 「……レ、レッド、さん」 「うん?」 「あの、ですね。顔に柔らかいものがあたってるんですが、胸元に何か入れてます?」 あたしの間違いですよね?と、顔をあげてみれば。 レッドさんが、珍しく、目だけでなく口元まで笑っているじゃありませんか。 「レッドさん?」 「…コトネ、俺が男だと思ってた?」 レッドさんはくすくすと笑って、常時被っている帽子をゆっくりとはずしました。 さらさらの黒い髪に、白い肌と長い睫毛。透き通った赤い目が、はらはら落ちる雪を映しています。 わあ、綺麗なお顔。まるで女の子みたいな…………え? 「えぇえええええええええ!!?」 「残念、女の子でした」 目を見開いて驚くあたしと対照的に、レッドさんはとても楽しそうです。 あたしはぐるぐる回る頭をなんとか落ち着けました。 整理すると、こうです。 ずっと憧れて目指してきた“彼”は、実は“彼女”だったのでした。 つまり、レッドさんは、あたしとおんなじ…。 「…大丈夫?」 まだ楽しそうに笑みを浮かべるレッドさんが、うつむくあたしの顔をのぞきこんできました。 そこで、あたしは妙な感情に気が付きました。 “彼”が“彼女”だと知ってからも、レッドさんの微笑む姿に胸を締め付けられます。 あたしを覗きこむその顔に、また心をばきゅんと撃ち抜かれてしまいます。 おかしいです。 ずっと憧れて好きだった方が、実は自分と同性だったのに。 「レッド、さん……」 初めて会った時よりも、表情の柔らかくなったレッドさん。 思わず見とれてしまう鮮やかな赤い瞳と、細身の白くて綺麗な身体。 ああどうしましょう。 あたしは今、確実に新境地に足を踏み入れようとしています。 「…コトネ?」 ああそんな、小首をかしげて名前を呼ぶなんて、反則です。 (ヒビキくん、シルバーくん、クリスちゃん…。) (あたしちょっと新しい領域に出掛けてきます!!!) 新天地開拓! (好きです、レッドさん!) (だからねコトネ、俺女…) (構いません!一生ついてゆきます!) *** コトネが百合に目覚めた瞬間 こういう終わりかたするの初めてです - - - - - - - - - - |