「だから、なんでいつもグリーンが主導権を握るの」

「オレが左側でお前が右側だからだ!」

「それ誰が決めた」

「決まってんだろ、オレだ!」



…ああ、またやっているのか。

おれは洞窟の入り口に踏み出した足を引っ込めて、その場を少しだけ離れた。
おれだって無闇に喧嘩のとばっちりを食らいたくはない。ましてあの二人の喧嘩となれば殴り合いに発展するのは必須だし、ついうっかりその場に居合わせて、どちらかの投げた礫がおれの眉間にクリティカルヒットして失神させられたことは記憶に新しい。軽くトラウマである。
そんなとばっちりを回避するべく、おれはそそくさと適当な岩場に腰を下ろして、せめて風だけでもしのごうとふかふかの相棒に身を寄せた。
ちらちらと雪の降るシロガネ山の山頂は、傍らにバクフーンを連れていても身震いするほどに寒い。だから本当はレッドさんの寝泊まりする洞窟に入って暖をとりたいところだけど、二人の先輩による不毛な争いに巻き込まれるといろいろと面倒だ。
こうして可愛い後輩が身を縮めて震えている間にも、二人の口喧嘩は続いていく。


「だいたい、考えてもみてよ。きみが今まで一度でも、俺に勝てたことがあった?ないだろ。それで俺が受け側なんて、おかしいよ」

「いや、おかしくなんかないね。確かにポケモンバトルでオレがお前に勝ったことは一度もねえ。けど取っ組み合いの喧嘩なら五分五分、それもオレの方が若干強かった。よってオレが攻め側だ」

「若干、でしょ。今なら絶対負けない」

「やってみるか?」

「のぞむところ」


どったん、ばったん、ばきっ
…ああこれ、絶対掴み合いの殴り合いに発展してるよ。
おれはバクフーンに寄りかかりながら、やれやれとため息をついた。
ただ、喧嘩の玄人の二人が殴り合いを始めると、なぜかひとつもアザを作ることなく決着が着くから不思議だ。
きっとスーパーサイヤ人の空中戦みたいなバトルを繰り広げているんだろうな。
ちょっと見てみたい。


「バクフーン、あれは一種の愛情表現なんだよ」

「バク?」

「そう、だから大丈夫」


心配そうに洞窟を見やる相棒を撫でて、大丈夫、と呟いた。

定期的にああやって対人バトルを始める二人の先輩――おれの心の師匠であるレッドさんと、その幼馴染みのグリーンさんは、いわゆる遠距離恋愛という真っ只中にある恋人同士だ。
男同士で恋人同士、と聞くと、なにやら不穏に感じる人もいるだろうけど、おれはそれを知ったとき妙に納得してしまったものだ。
あの二人の様子を見ていると、性別なんてものが如何に小さいものかということが非常によく分かる。


「少しは素直になれよ、あほレッド!!」

「うるさい爆発頭」

「この仏頂面!」

「ウニ」


他人の喧嘩って、聞いてるぶんには面白いなぁ…なんて呑気に思いながら、ふああと欠伸をひとつ。
あ、まずい。ここで寝たら確実に凍死する。
バクフーンがぺちぺちとおれの頬を叩く。


「だいたいお前、笑った顔の方が美人なのにいつも無表情すぎるんだよ!」

「グリーンこそ、しおらしい方が可愛いのにいつもうるさい」

「お前の方が可愛いわ阿呆!!」

「グリーンの方が可愛い」


ほら、聞いた?
バク。
二人の先輩の喧嘩は単純なもので、放っておけば自然に解消されるんだ。
なんてことはない。今回の喧嘩の根本もいつもと同じ、「自分よりお前の方が可愛いんだからお前が受け身」という、端から聞けばただの惚気話にすぎないのだ。
互いに可愛い、いやお前こそ、と言い合う先輩たちは、後輩がひとり可哀想なくらい寒さに震えて待機していることを知らない。
いい加減にしてほしい。


「…いいよ。俺の方がグリーンのこと好きだから、今回は俺が受け身に甘んじてあげる」

「なんだと。オレの愛の方がお前のよりも大きいね。今回はオレが受け身にまわってやるよ」

「いや俺の方が」

「いやオレだ」


…ああほんと。
師匠、勝負したいならいつでもおいでって。待ってるって、言ったじゃないですか。
どのタイミングで入ればいいんですか、これ。
ここですんなり終わらないあたり、いつもよりたちが悪いような気がするんですけど。
………。


「バクフーン…」

「バク?」 

「帰ろうか」

「バク」


物分かりの良い相棒はおれの身を気遣ってくれたのか、素直にうなずいてくれた。
こういう場合、喧嘩の第2ラウンドが始まって収拾がつかなくなると、たいていはあの黄色い悪魔が「喧嘩両成敗」とばかりにドローに持ち込んでくれるのだ。
きっとおれがゴローニャのロッククライムでそこの崖を降りるあたりで、洞窟の中から電撃の放たれる音と叫び声が聞こえてくるに違いない。
ああ、ご愁傷さまです、先輩方。
おれはもう帰ります。











明日、トキワジムに遊びに行ってみようと思う。
単純なあの先輩は、ちょっと惚気話を聞いてやればすぐに機嫌を取り戻すのだ。
師匠は勝負を申し込めば喧嘩のことなんてけろっと忘れてしまうから、シルバーあたりをふっかけておこう。
ああ、本当に、おれって優しい。













そんなおれは、苦労人












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けんかっぷると
それに振り回される響くん





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