はじめて彼と出会った時のことを、コトネは鮮明に思い出すことができる。

限られた人間しか立ち入ることのできないシロガネ山の頂上に、彼は凛として立っていた。バトルを申し込むと肩に乗っていたピカチュウが躍り出て、帽子のつばからのぞく目かぎらりと光る。
おそろしく強い人だった。
彼の仲間達は今まで闘ったどのポケモンよりも鍛えられていて、ふたつの地方をめぐって腕に自信をつけていたコトネの仲間は、ものの見事に打ちのめされてしまった。
完敗。目の前が真っ暗になるあの感覚。
ふらふらと傷ついたメガニウムのもとへ腰を下ろしたコトネのもとに、仲間を打ち負かした彼が近づいてくる。
挨拶の握手だろうか。顔を上げると、彼は優しく言ったのだ。

『これ、使ってあげて』

差し出されたのは回復薬だった。
きみの仲間は強いね。
バトルの時とはがらりと変わった雰囲気に、その優しい目に、コトネはついくらりときてしまったのである。






あれから3ヶ月。


「レッドさーん!えへへ、また来ちゃいました。ご一緒にいかりまんじゅう食べませんか」 

チョウジタウンの名物を手土産にやってきたコトネに、こんにちはと声がかかる。
洞窟の奥から姿を現したレッドを見とめて、コトネの周りの空気がぶわっと花開いた。
昼前のこの時間帯は、ちょうどレッドがポケモンたちのトレーニングを終えて洞窟に入る頃合いである。
シロガネ山にいくつかある洞窟のうち、もっとも奥行きの少ないこの場所を寝床にしている彼は、雪山に籠っていてもきちんと生活リズムを築いているらしい。
コトネの調べでは、彼は朝からポケモンたちとトレーニングを行い、昼食の後に野生ポケモンの相手をしつつ、挑戦者が現れればバトルに応じているようだった。朝から滝に打たれている姿を目撃した時には、まさに山籠りの修行僧のようだとコトネは思った。
実際、彼のここでの暮らしは修行なのだろうけれど。

「外は吹雪いていなかった?」

「晴れてましたよ。いいお天気です」

バトル日和ですね、と目を輝かせると、レッドはそうだねと笑ってくれた。
ああ神様、彼の笑顔が見れるだけで、あたしはもう幸せです。
コトネは天にも昇る気持ちで、空を仰ぐのだった。


恋の力とはおそろしいものだと、彼女の幼なじみであるヒビキはのちに語る。
大事なことなので繰り返すが、ここはチャンピオンリーグを勝ち抜いた歴戦の猛者でさえ立ち入るには許可の要る、雪の霊峰である。それを軽々登ってきては「来ちゃった」なんて言えるこの子はいったいどんな強靭な足腰を持っているんだろうと、口に出せる人間は残念ながら彼女の周りにいなかった。
コトネの想い人であるレッドに至っては、本人がそもそも規格外のため論外である。

「勝負ですレッドさん!今日こそあなたを倒してみせます!」

「臨むところだ。負けないよ」

普段のレッドは、とても優しい。
ポケモンたちに向ける目はいつだって好奇心と優しさで満ちていて、旅に出たばかりの少年のような初々しさや純粋さがある。さらには、年齢もトレーナーとしても後輩のコトネに対しては、紳士的とも言える態度で接してみせるのだ。
だからこそ、バトルの時に見せる鋭い目との差を感じるのだろう。
コトネが初めて見た彼は、それは好戦的だった。全身からビリビリと放たれるオーラは殺気のようで、立っているだけでそのプレッシャーに圧し潰されそうになる。ぎらりと光る目に射抜かれて、背筋が凍るような恐怖の念も覚えた。
それがバトルを終えると、すとんと好青年に切り替わるのである。
もともと血気盛んな一面を持っているのだろうが、コトネはその差を見せつけられるたびに思うのだ。

ああ、これが、ギャップ萌え。

「レッドさん!あたしがバトルに勝ったら、あたしとお付き合いしてくださいね」

「どこへでも付き合うよ。コトネが勝てたらね」

…そういう意味ではないのだけども。
斜め上の回答をよこすレッドにちょっぴり落ち込みながらも、コトネは今日も彼をバトルに誘うのだ。
いつか彼を負かしてみせる。それでもって、いつか恋人として隣に立ってやると、意気込みながら。


さて、今日はどんな勝負になるだろうか。




















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大変遅くなりました…!!
由依さん、リクエストいただきありがとうございました!




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