「Nのばか!唐変木!!カロスだろうとホウエンだろうとどこにでも行けばいいんだわ!もう知らない!」

「ねえトウコ、キミの怒りの沸点がボクにはいまいち理解ができなグフッ」

「さよなら!!」


ドズン!
Nの台詞を遮るのは、トウコの鉄拳が彼の鳩尾に食い込んだいやなおとだ。
トウコは華奢な見た目に反して、なかなかに重たい拳を尽き出すからあなどれない。地面に伏してひくひくしているNを置いて、トウコはさっさと歩き出してしまった。
追いかけようと思ったけれど、重傷患者をおいてけぼりにはできないのでくるりと踵を返す。


「N、だいじょうぶ?」

「だい…じょぶ…」

「じゃ、なさそうだね。ちょっとそこの木陰で休もうか」

よいしょ。
衣服の背中あたりを噛んで持ち上げ、日影のあるところまでのしのしと運んでやる。喧嘩をするのも仲良しの証拠だとは思うけれども、毎度二人のフォローにまわるこちらの気持ちも考えてほしい。
喧嘩の原因なんて至極くだらないことが多いから、僕とてやる気は失せるものだ。
ぽすんと体を下ろしてやると、先程より回復したらしいNが顔を上げた。

「ダイケンキ、いつもごめんよ」

「いいよ、もう慣れた。でも君はもうちょっと乙女心を勉強する必要があるね」

乙女心。
そう。前々から分かっていたことだけれど、いかんせんNは女の子の扱いだとか、こと色恋沙汰についての知識にうとい。
もう長いことトモダチ一筋でやってきた彼だから仕方ないのだろうけども、よく言えば素直で純粋、わるく言えばデリカシーに欠けるのだ。今回の件だって、何気ないNの一言が原因なのだから。

「…トウコのオトメゴコロという奴は分かりにくいよ。キミだってオスだろう?どこで覚えたんだい?」

「ずっと一緒に旅してきたからね。わかるよ」

「そうか」

Nは納得したように頷いて、ごろんと横になった。
僕もつられて寝転がる。
木の葉の間からぽかぽかと暖かな日差しが差し込んで、お昼寝日和だなぁなんて考えた。こんなに天気の良い日に喧嘩だなんて、もったいない。
ふたりが仲直りしたら、メリープあたりを呼び出して、もふもふに抱きついてお昼寝を提案してみようか。あ、でもメリープの体毛には電気が溜まっているんだっけ。だめだ危ないや。

「…ボクは、トウコの笑った顔が好きだよ。だからトウコを喜ばせたいし、幸せにしたいと思う。でもなかなかうまくいかないんだ」

難しいなあ、と、Nが唸った。
そうそう。ニンゲンもポケモンも、女の子は総じて難しい生き物だよ。

「…あの服、トウコに似合っていると思ったから、可愛いねって言ったのだけど」

「その後に余計なものを付け足しただろう。『でもそのひらひらは邪魔じゃないのかい』なんて言ってたろ君」

「言ってた。…………あれか」

おお、やっと思い当たったようだ。
大方、Nのことだから、いつも活発に野山を駆けるトウコが、ひらひらのついた可愛らしいワンピースなんか着てきたものだから、動くのに邪魔にならないのかな?なんて考えがぽんと口から出てしまったのだろう。
僕だって、Nとの待ち合わせにトウコがあれを着ていくと言い出した時は、衝撃を受けたものだ。いつだって動きやすさ重視、家に帰ればジャージやスエットでくつろぐあのトウコが、スカートを履くだなんて。

「トウコはいつも活発だから、走ったり跳ねたりするのに邪魔にならないかと思ったんだ」

「それは心では思っても口に出してはいけないんだよ。あれはトウコなりに、Nに可愛いと思ってほしくて頑張ってお洒落したんだ」

「…どんな服を着ていたって、ボクはいつだってトウコのことを可愛いと思っているよ」

うわ、さりげにのろけられた。シェルブレード食らわしてもいいだろうかこいつ。

「でも、決してあの姿を否定したわけではなかったんだ。怒らせたかったわけでもない。…トウコに謝ってくるよ」

すりすり。Nが僕の前足を撫でる。
大丈夫、ちゃんとついて行ってあげるよ。僕の大事なパートナーだからね。
促すようにNの背中を角でつついてやると、Nは頷いて立ち上がった。














トウコはすぐに見つかった。
僕らが休んでいた場所からそう離れていない川辺りで、まるでこの世の終わりみたいな顔をして膝をかかえているのを、いちはやくNが見つけて駆け寄る。
喧嘩の後、Nが折れて謝りに行く時には、いつもだったら「遅い!」なんて言って笑って迎えるトウコが、今日はなんだか元気がない。
トウコ。僕もすり寄ると、トウコはNを見て、それから僕の方を見て、くしゃりと顔を歪ませた。

「N、ごめん。ごめんね、あたしカッときちゃって、」

「トウコ、謝るのはボクの方だよ。せっかくのお洒落を、否定するような言い方をしてごめん」

「ううん、いいの。それよりあたし、あなたに、さよならなんて…」

ああ、そっか。
トウコは、咄嗟に自分が口走った言葉に、ショックを受けていたのか。
ちらりとNの方を窺うと、彼はちょっぴり複雑そうな顔をしていた。
サヨナラの寂しさは、トウコがいちばんよく分かっているんだ。
まあ、結果的にNは二年間の見聞を終えて再びこの地に帰り、待ちきれずに旅立った僕らとおいかけっこしていたわけだけれども。
一度口にした別れの言葉。けれど、Nは帰ってきて、また会いたいとトウコを探してくれていた。
まるで今生の別れのようにも聞こえるその言葉は、本人の気持ち次第で、どんな意味にもなり得るんだ。

「今回の場合は、三十分にも満たないサヨナラだったけどね」

こっそりとNに囁く。
そうだ。落ち込む必要なんてないんだよ。

「トウコのさよならは、“そこで頭を冷やして、さっさと迎えにきなさい”だからね」

ふふ。
思わず笑みがこぼれる。
複雑そうにトウコを見つめていたNが、ふっと口許をゆるめてトウコに近づいた。そのままふわりと包むように抱き締める。

「トウコ、気にしないで。ボクはちゃんと、迎えに行くから」

そうやってやっと笑ったトウコに、僕も笑って脇腹をつついてやった。

「あはは、ダイケンキ、痛いって」

「トウコ、今日はヒウンに新しくできたカフェに行ってみようか。ポケモンのご飯も充実しているそうなんだ」

ふわりふわり。風にのってポポッコの群れが飛んでいる。
僕らはその下をのんびりと歩いて、たくさん、いろんなことを話した。
ふたりのフォローをするのは大変だけれど、喧嘩の後の仲直りはお互いの仲をより深めてくれるから、そんなに悪いものじゃないかもしれない。
なんて、僕も大概お人好し、いや、ポケモン好しである。

今日はとても気持ちの良い、小春日和。
これから行くカフェは、どんなところだろうかと想像が膨らんで、おいしいご飯を思うとうきうきしてくる。今回の件は、まあ、そのご飯で勘弁してあげようじゃないか。



















未来を愛せ!









きみと守ったこの未来、大切にしないとね。











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企画サイト様に捧げます。
素敵な企画に参加させてくださり、ありがとうございました。
Nもトウコも幸せな未来が待っていると信じております。




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