(現代パラレル・年齢操作)

ゆらゆら
がたん

夏空の下を電車にゆられてぐんぐん進む。
駄目で元々、当たって砕けろと誘った海のデートは意外にもあっさり受け入れられて、憧れの先輩と念願の二人きりのお出掛けにこぎつけた。
コトネは隣に立つ青年をちらりと見て、それから緩む頬を見られまいと視線を下ろした。言ってしまえば、内心叫んで転げ回りたい気持ちを抑えるのに必死だった。コトネと同じ栗色の髪をもつ隣の青年は、名をレッドと言う。名前の通り赤色がとてもよく似合うことから、夏というイメージにぴったりだと思って、勇気をふりしぼった甲斐があった。
レッドが側にいるだけで、コトネの心には花が咲くようだ。ふわりと笑う横顔に、胸がぽかぽかと暖かくなる。
透き通るアルトで名前を呼ばれると、それだけで幸せな気分になる。
ああやっぱり、大好きだなぁとコトネは思う。
コトネが喋って、レッドが相づちを打つ。
ときどき訪れる沈黙は気まずいものではなくて、優しくて穏やかなものだ。たたん、たたんと揺れる車体に身を任せ、コトネはほうと幸せのため息をついた。


コトネとレッドの関係は、高校の部活動の先輩と後輩というものだった。
引退がかかった最後の大会に臨む三年生のレッドと、それを支えるマネージャーのコトネ。
二人が属する野球部は、夏の大舞台に向けて地方予選の真っ最中だった。
目標に向かってひたすらに汗を流すその姿に、目を奪われたのは三年前のことだったか。
気づけばうんと背伸びをして、同じ学校、同じ舞台に立っていた。あんなに憧れてやまなかった、その彼が今は隣にいる。

(あ、あああ明日、練習が終わったら海に行きませんか)

思い返せば本当によくやったものだと、自分のことながら感心する。
たまには息抜きをとか、いやあ最近暑いのでなどと話題を振り、勢いに任せてお誘いをかけたのは昨日のことだ。
騒ぎたい盛りのチームメイトがこの話題に乗らなかったのは意外なところだが、ともあれ憧れの先輩と二人きりでデートとなれば気分も高揚するもの。
浮かれた心内を悟られないよう普段通りに振る舞うのは、思いの外大変だった。
もちろん、多少の不安はある。こんなに簡単にデートに応じてくれるあたり、自分はこのひとに女の子として見られていないのではないだろうかとか、ひょっとしたら妹のように思われているかもしれないなど。
そんなもやもやとした思いも、このデートで払拭できればいいのにと思う。
ただただ、レッドともっと一緒に居られたら良い。大好きなこの人の隣を、自分が独り占めすることができたなら、どんなに幸せなことか。



そんなことを考えていたから、吊革に添える手に何の意識もしていなかった。
不意に電車が大きくがたんと揺れる。

「あ」

足元がよろめく。
バランスを崩して、体がよろよろと後ろに傾いた。
倒れる――と思ったその時、コトネの背中をふわりと大きな手が支えた。
そのまま体勢を戻されて、吊革ではなく座席の手すりを握らされる。
大丈夫?と覗き込んでくる顔に、思わずぽかんと口を開けた。
どうやら揺れに踏みとどまったレッドが、コトネを片手で支えて助けてくれたらしい。
一連の動作が自然で、鮮やかだった。

「あ、ありがとうございます」

車内は冷房が効いているはずなのに、顔が火照って暑い。
ああどうしよう、そんな優しく微笑まれたりしたら。

「そう。よかった」

溶けて死んでしまうのではないかと、コトネは思った。










***
部活の先輩後輩という設定にとんでもなく萌えを感じます





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