※HGSS原作設定から10年後
※カントー組が24歳














10年という年月は、長いようで、実はあっという間だ。
たとえば、オレの目の前でさっきから焼酎をぐいぐいいってる奴。つい最近まで後ろにぴんぴん跳ねた癖っ毛にお気に入りの帽子を被せていたかと思えば、中身は少年そのままにいつの間にか青年になっていたりする。
背も伸びた。声も低くなったし、考えるより先に身体が動く、なんて直球型な性格もだいぶ落ち着いてきたように思う。
つまりは大人になった。
オレの視線に気付いたのか、レッドは酒を煽る手を止めて、まだピッチャーに残っていたビールをオレのグラスに傾けてくる。

「まあ呑みなよ」

「いやオレは」

「あ、ピッチャーごといく?」

お前じゃないんだから無理だ!ていうかどんだけ呑めば気が済むんだ!
思わず声に出てしまった。
こんなでも、レッドは決して酔っているわけではない。浴びるように呑むくせに、こいつが泥酔しているところを見たことがない。
むしろ「ビールくらいなら水」な思考の持ち主で、その強靭な肝臓には感服する。
…でも限度というものがあるだろう。こいつそのうち下っ腹がとんでもないことになるんじゃないだろうか。

「鍛えてるからビール腹にははらないよ」

「心の声を読むな!!」

まったくあなどれない男だ。

「だめよレッド、グリーンにそれ以上のお酒は危険だわ」

「なんでだよ。明らかにレッドの方が危険だろ」

隣でサラダをつついていたリーフがたしなめるので、反論。
ちなみにオレは酒に弱いわけではない。

「鏡見てみなさいよ。真っ赤よ、顔」

だがしかし、強い方でもなかった。
ああ、なるほど。
顔に手を当ててみれば、じんわり熱い。どうやら相当酔ってきたらしい。
今日はいつもよりも酔いが回るのが早いななんて思ったが、今の状況をよくよくかんがみてみると二次会の宴もたけなわ。レッドの呑みっぷりにばかり気をとられて気付かなかった。こいつを基準にしてはいけない。
リーフの助言通りに酒は控えようとサラダの入った器に手を伸ばすと、酔っぱらいが絡んできた。

「あっはっは。かたいこと言わないでくださいよリーフさん。グリーンさんだって酔いたい気分なんれす!ぶれいこうです!」

「おいお前それ何杯目だ。じゃない、何本目だ」

「そんらのいちいち数えてないれす」

この呂律が回っていない酔っぱらいは、もはや半分夢心地にいるらしいヒビキだ。
ツッコミ要員のシルバーもコトネも酔い潰れているせいか、今日はやたらと陽気に呑んでいる。
しかし残念ながら陽気な酔っぱらいは酒に強いわけではない。

「お祝いの席なんれすから、もっとこう、パーッとね、楽しくいきましょうよオエッ」

…吐いた。

「…まあ、そうだな」

ヒビキの腹の中でぐるぐるされたビールやら枝豆やらが床に落ちる前に秒速で差し出されたエチケット袋。オレはそれを眺めながら、まあそれもその通りだとうなずいてみせた。
おめでたいことに変わりはない。
片手にエチケット袋、片手に芋焼酎。
そんな今日の主役は、後輩の腹の中でぐるぐるされたものを見事にビニールでキャッチしつつ、ほんのりと笑うのだった。







近々、レッドが結婚する。

昔から恋愛いかんにはまったくほど遠いと思っていたこいつが、ちゃっかり彼女をつくって結婚までこぎつけただなんて、誰が想像しただろう。
もともとまったく女っ気がなかったわけではないが、なにしろ三度の飯より冒険とポケモンが好きなポケモンバカだ。
今までに折ってきたフラグ(少なくともオレの知る限りでは片手の指を越える)は数知れない。
そもそもレッドに友愛以上の精神があったのかどうかさえ怪しいところだったが、それを見事に打ち砕いた奴がいたわけだ。

「人って成長するもんだなぁ」

思わずしみじみ呟いた。

「なにそれ、グリーンのこと?」

「ばか、お前のことだよ」

二方向から黒歴史のくせに、とか聞こえたような気がするが、無視することに決めた。
まあ何が言いたいかというと、このポケモンバカを本気にさせたこいつの婚約者はすごい奴だということだ。
――今まさにそこで酔い潰れてはいるが。

「ちいさい頃からおれの後ろをちょこちょこ歩いてね、妹みたいなもんですよ、コトネは。レッドさんがお相手で本当に安心してるんです。レッドさん、コトネをよろしくお願いしますね」

そしてオエッ。
いいこと言ったよおれ、みたいな顔で、ヒビキはまたもやエチケット袋に沈んでいった。

「うん。任せて」

レッドがまたほんのり笑う。
胃もたれな後輩と酒豪と戦力外通告の酔っぱらい。
そんなシュールな光景なのに、なんだかオレにはそれがとてつもなく幸せに見えた。
うつろう季節。人も変われば関係も変わっていく。
けれどそれは寂しいことばかりじゃない。

「あ、そういえば」

思い出した、とレッドがやっと酒を手放した。

「男の子おめでとう」

はいこれ、となにらがさごそと差し出されたのは、なんの変哲もないただのモンスターボールだ。

「男の子なら旅をさせないとね」

そう言って、中から出てきたのは丁寧に毛繕いされたイーブイ。
いや、待て。まだやっと性別が分かった段階だ。旅にぎつくまであと何年かかると思ってるんだ。お前は阿呆か。
前半は言った。後半は口に出さずに喉元に止めておいた。
変わる、関係。
そう。言い忘れていたが、オレは数ヵ月のちに父親になる。

「…リーフに似るといいね」

「喧嘩売ってんのか」

「きみに似たら黒歴史になるよ」

こんな会話をけっこうな頻度で交わすオレたちは、ライバルやら親友やらを経て、いつの間にか義理の兄弟に変わっていたのだ。

「グリーンがやっと万年片想いを抜けたと思ったら、もう父親なんだね」

「お前こそ、結婚だろ。なんかレッドが結婚とか、もうファンタジーだよな」

「…喧嘩なら買うよ」

「望むところだ」

電気袋をばちばち鳴らして気合い充分なレッドの相棒と対峙して、(ちなみに黄色い悪魔の異名は健在だ)オレも長年共に過ごした一番の相棒を繰り出す。
エチケット袋の後輩。
酔いつぶれて幸せそうな花嫁。
すっかり寝入った赤毛。
少年のまま大人になったオレたち。
きっと姿形が変わっても、関係が変わっても、オレたちはずっとこのままなんだろう。
それはとても幸福なことだ。





…そうして店を潰さんばかりの勢いでバトルを始めたオレもレッドも、きっと相当酔っていたに違いなかった。










うつろう季節と変わらないしあわせ









(ピカチュウ、ボルテッカー…)

(レッドやめろマジで店潰れ…ぎゃああああ)






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