心臓が喉元でばくばくいっている感覚。
顔は火照ってきているし、じわじわと掌に汗がにじんでいるのが分かる。
――おかしいな。どうしてこんなに緊張しているんだろう?
可愛らしいリボンで包装の施された小箱を両手で握りしめて、相棒のジュカインにひどく心配そうな眼差しを向けられながら、一人の少女がそわそわと落ち着きなく辺りをうかがっていた。

彼女の名はハルカという。
楽しきかな。
今日は色恋の祭典、バレンタインデー。













甘いお菓子とりんごほっぺ











「――おまえ熱でもあんのか?」

開口一番、それである。
ここへ至る道すがら、バトルでも挑まれていたのだろうか。体のあちこちに泥や葉っぱをくっつけた少年が、同く泥や葉っぱにまみれたバシャーモと共に姿を現すなりハルカを見てそう訊ねた。
もちろんハルカには身に覚えがない。
熱?なんのことだろう。

「なんか顔、赤いけど」

「え?な、なんでもないよ!それより、急に呼び出しちゃってごめんね。忙しかった…?」

慌てて首を振るハルカを見て一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた少年だったが、申し訳なさそうに謝る彼女に「ああ、気にしなくていいよ。大した用事はなかったし」と軽く手を振った。
どうやら緊張が顔にまで現れていたらしい。少年――ユウキを目の前にしたハルカは、内心かなり動揺していた。
ここに至るまでに、完璧に準備をしてきたつもりだった。
アウトドア派の普段の自分からは考えられないほどの時間を、自宅に引き込もってお菓子作りに専念して。
旅の相棒たちと共に胸焼けがするくらいに味見をして、やっと人並みの味に仕上がったそれに、慣れない手付きで何度も失敗しながらラッピングを施した。
直接口に出すには恥ずかしくて言えない言葉も手紙につづって、後はそれを彼に手渡すだけだった。
けれどどうしても、いざとなると足がすくんでしまう。
それが情けなくて、ハルカはしょぼんと顔を曇らせた。
対するユウキは、そんなハルカの様子を不思議そうに眺めつつも、「で、用ってなに?」と切り出す。
――ああ、この様子だときっと、ユウキは気付いていないのだ。
ハルカは両手に小箱を握りしめたまま、傍らのジュカインをちらりと見やる。
クールな言動に似合わず少々天然の入っている彼のことだ。きっと今も頭の中にはポケモンのことやポケモンのことしかないに違いない。おおよそポケモンバカである。
ハルカの視線を受けた彼女の一番の相棒は、「まあがんばれ!」と半ば投げやりな視線を返して寄越した。
見ればユウキの相棒のバシャーモもまた、やれやれというように遠い目をして自分たちを見ている。
要はこの相棒たちは、これから始まるであろう甘ったるい空間を思ってため息をついているわけだが、喉元まで心臓の出かかったハルカがそんなことに気付くはずもなかった。
やる気のない相棒からぷいっと顔をそらして、ハルカはユウキのもとにずいっと一歩踏み出す。
ここまで来たからにはやるしかないと覚悟を決めた。
頭ひとつぶん背の高いユウキをぐっと見上げて、声をしぼりだす。

「あっ、あのねユウキくん!今日バレンタインだからと思って、お菓子作ってきたの。ほら、あたしいつもユウキくんにはお世話になってるから、お礼にって…」

そこまで言って、いや違う、と首をふった。
そうだ、本当はこんなことが言いたいわけじゃない。
直接言うには恥ずかしすぎる。そう思って手紙も添えた。けれど、やはり面と向かった今こそ、伝えるべきではないか。
ハルカはついに決心を固めた。

「ユウキくん。いつもありがとう。それと………その、大好き…だよ」

最後はぽつりと呟いて、ユウキの手にぽんと箱を手渡した。
だめだ。やっぱり恥ずかしすぎる。
かあっと一気に顔に熱が集まるのを感じて、うつむいてしまったハルカだったが、なにも反応のないユウキが気になった。
もしかして、気に入らなかったのだろうか。
恐る恐る、ハルカが顔を上げてみると。

「………………ッ」

これ以上ない、というくらいに顔を真っ赤に染め上げたユウキが、口元を手の甲で隠してあさっての方向を向いていた。
そのままくるりとハルカに背を向けてしまう。

「…………サンキュ。これ、ありがたくもらっとく」

そう言って、ハルカが止める間もなく、ユウキは脱兎のごとく駆け出してしまった。
慌てて後を追うバシャーモ。ぽつりと取り残されたハルカは、頬を薄紅色に染めながらも、ちゃんとユウキの最後の言葉を聞き取っていたようである。


――オレも、すきだよ


そう。実はこの二人、本日恋人として初めてのバレンタインを迎えたのである。


















「――だめだ、あいつ反則だ。可愛すぎる。なあバシャーモ、あれはないよな。オレ心臓止まるかと思った」

いやそんな




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