ぷつり。 刃を突き立てた指先から、じんわりと痛みが広がった。 赤色の染み込むナイフをどければそこに小さな切れ込みが見え、やがてぷっくりと血液の塊ができあがる。 ついとつつけばそれはすぐに広がって、また新しく赤色が溢れ出す。 溢れては壊して、壊しては溢れ出る。 それはまるで自分の想いを形にしたようで。 「ばっかみてえ」 思わず呟いた言葉に、反応する者は誰もいない。 当たり前だ。 だってたった今壊したばかりなんだから。 ずっとずっと、彼一人だけを思って生きていた。 このまま閉じ込めて、その綺麗な目にずっと、自分だけを映してくれたらどんなに満たされるだろうとさえ思った。 彼のその存在を独占することができるなら、どんなに幸福だろうと。 けれど、実際に閉じ込めてしまえば、心は満たされるどころか、ますます何かを渇望するようになった。 そうして、壊してしまった。 「ねえ、レッドさん?」 だって壊れた貴方は、こんなにも綺麗だと。 ヒビキは思う。 どこにも行かないでほしいと、何度もすがって、その度に優しく頭を撫ぜられた。 優しく抱き締められて、優しい言葉を紡がれて。 けれど、それだけでは、どうしても満足できなかった。 どんなに心で繋がっていても、どんなに身体を重ねても、そこには絶対的に足りないものがあった。 閉じ込めて、手に入れて、そうしてやっと気付いた。 自分はずっと、彼の生そのものが欲しかったのだ。 いつの間にか、掌には無数の傷跡ができていた。 じくじくと痛む傷口に、そっと顔を寄せて、ちろりと舐めてみる。 鉄臭くて、少ししょっぱい。 先程いっぱいに浴びた彼の血と、同じ味だった。 そこでふと、手にしたナイフに目をやる。 彼の命が詰まったナイフ。 そこから流れる彼の血が、今しがた作ったばかりの自分の傷口にぽたりと垂れて、どくどくと脈打っているような気がした。 ずっと欲しかったものは手に入れた。 あとにやり残したことは、ひとつだけ。 ――骨の一本だって、残してやるものか。 ヒビキは怪しく口元を歪めると、ゆっくりと動かないレッドに口付けた。 さて、どこから喰ってやろう? - - - - - - - - - - |