「レッドさんの身体は、いつも冷たいんですね」


まるで死んでいるみたいだ。


ふわふわと舞う雪の中、鼻の頭を赤くしたヒビキが、そんなことを呟いた。
いつも防寒対策を万全に施した重装備で雪山を登るその手には、手袋も何もはめられていない。ついでに言うとマフラーも耳当ても、雪をしのぐためのベンチコートも着ないままで、少年はただ目の前に佇むその人の手を握っていた。
両手で包み込む、というよりはぎゅっと握りしめて、うつむいた肩をわずかに震わせる。
そんな後輩の様子にちくりと胸を痛めながら、レッドは空いている方の手でキャップのつばをくいと持ち上げた。

「…きみが、俺より体温が高いだけ。子供体温じゃない?」

「なんですか、僕がガキだって言いたいんですか」

「違うの?」

「…ふんだ、いいですよ。どうせ僕はレッドさんよりみっつもガキですよ」

わざと小馬鹿にしたような発言をすれば、軽く睨み付けるような視線が返ってくる。
が、顔を上げたヒビキは、やはりいつもの調子とは明らかに違う、泣きそうな目でもってレッドを見ていた。
先程の反論も、きっとただの空元気だろう。
表情筋が人より機能していない、とよく幼馴染みに苦笑されるレッドでさえ、ヒビキのその表情には眉をひそめてしまうほどだ。
ふと、ヒビキの両手が己の掌から離れたと思うと、そのまま力一杯に抱きつかれた。
背中にまわった自分よりも少しだけ小さな手が、ぎゅうっとレッドの上着を握りしめる。

「……どうせガキなら、もっと甘えてもかまいませんよね」

抱きつく力強さとは裏腹に、それは消え入りそうな、小さな声だった。
ちょうど自分の胸のあたりに届く頭をぐりぐりと押し付けてくるヒビキに、レッドは諭すように声をかける。

「…ヒビキ」

「はい」

「俺は、どこにも行かないよ」

ぽんぽん、と、なだめるように軽く背中を叩いて。
それから包み込むように、優しく抱き締めてやる。
いくらレッドより体温が高いとはいえ、今のヒビキの身体は平素よりずっと冷えていた。
手袋もつけず、コートも着ないで、まっすぐに自分のもとに駆けつけてきた少年。
こんなやり取りも、初めてではなかった。

「嘘だ」

「嘘じゃない」

レッドは、ヒビキが時々、泣きそうになるのをこらえているような、不安を押し殺したような顔で自分を見ることに気付いていた。
そしてその理由が、自分が傷つけてしまった彼の記憶にあるということにも。
彼と自分に残る記憶が消えない限り、この不安を除いてやることはできないのだということも。

「そんなの…そんなの、嘘だ。だってレッドさんはあの時、僕を置いて行ったじゃないですか!雪みたいに白くて綺麗な笑顔を浮かべて、おれひとり置いて、先に、」

「ヒビキ」

「だって、」

「ヒビキ!」

これ以上、その泣きそうな声で、俺を。
俺を、呼ばないで。
びくっ、と震えた肩を強く抱きこんだレッドもまた、ひどく泣きそうな顔をしていた。

「きみはもう、ゴールドじゃないんだ。死んだんだよ、ゴールドも、ゴールドの記憶の“レッド”も。あの時とは違う、俺は今こうして生きてるだろ」

だからもう、不安に思うことなどないと。
生きている。
ちゃんとこうして、生きて抱き締めることができる。
身体の朽ちていたあの時の自分とは、もう違うのだと。
そうして、やがてヒビキが漏らした声は、すっかり涙を含んだ泣き声に変わっていた。

「……ほんとは僕、わかってるんです。わかってるけど……不安なんです」


だってあなたがいつも死んでるみたいに冷たいから。

「ねえ、だから、こうしていれば、僕も一緒に体温を分かち合えるでしょう?」


温かさも冷たさも、すべて一緒に感じることができるなら。
きっとこの少年は、自分が命を落とすその時も、後を追うのだろう。
少年がゴールドだった頃と、同じように。







『おれも冷たくなれば、レッドさんと同じですよね』







レッドには、静かに微笑みをたたえた彼の言葉が聞こえたような気がした。




















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響赤と言い張る

依存度の高い生まれ変わりネタでした





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