毎度毎度、不毛だ、と思う。
いっそ清々しいほど自分に正直な先輩と、正直じゃないもう一人の先輩の攻防は、いつだって終わりが見えない。
特に年に一度の特別な行事がある日なんかは、その攻防が顕著に現れるんだ。
そう。たとえば、今日のバレンタインのような。


「頼む、リーフ!!チロルでもマーブルでもなんでもいいので、オレにどうかチョコをください!!!」

「たわけが。調子に乗っちゃだめよグリーン。あなたにくれてやるチョコなんてないわ」

「そこをなんとか!!」

くれ

頼むよ
やだってば
なんで嫌だよ!

さっきから延々とこのやりとりを繰り返している二人の先輩は、その扱いに困り果てて手持ちぶさたな後輩の存在をきれいさっぱり忘れているんじゃないだろうか。
おれは二人に聞こえるようにあからさまなため息をついてみるけれど、やはりまったく反応がない。
まったく、どうしてこう、せっかくのバレンタインだというのに。

(おれは先輩二人のお守り役をしているんだろう…)

自分で考えてみて、少し悲しくなった。

けれどこれは心の師匠であるレッドさんから仰せ使った大事な役目であるから、無下にはできない。
本当に、どうしたものか。


そもそも、グリーンさんが意地もプライドも捨ててチョコをくれと言い出したのにはわけがある。
事の発端は、リーフさんが毎年用意しているらしいグリーンさんへの義理チョコ(あくまで義理。これ重要)を今年はしょったことから始まる。
レッドさんの命を受けてトキワジムに来ていたおれと、おれにお茶菓子を運んできてくれたグリーンさんのもとに、リーフさんが来て。
リーフさんは配り歩いているらしいチョコをおれに手渡した後、まるでその場におれ一人しかいないかのように振る舞って立ち去ろうとしたのだ。
トキワジムに届いたグリーンさん宛てのチョコの山を仕分けながら、ああ、これはちょっと面倒なことになりそうだなと頭をよぎった嫌な予感は、見事に的中した。
案の定、はて、と首をかしげたグリーンさんの、
「え?リーフ、オレのぶんは?」
から始まり、
「あら。グリーン、いたの?」
で結んで、現在に至るというわけだ。



まあおれには単なる照れ隠しの痴話喧嘩にしか聞こえないわけだけれども。



――ヒビキ、頼みがあるんだけど
――なんでも世間はもうすぐ、バレンタインらしいから
――あのウニ頭がちゃんとリーフとうまくいってるかどうか
――ちょっとでいいから、見てきてほしいんだ

先輩二人の不毛の争いを聞き流しながら、師の言葉を思い出してみる。
きっと師匠も今ごろ、バレンタインだと騒いでいたコトネの手料理に悪戦苦闘しているんだろう。
ああレッドさん。
おれはあなたのご冥福を心から祈ります。
こっちはおれに任せてください。

「ああもう、しつこい!チョコが欲しいなら他の女の子からもらえばいいでしょ!」

あなたはもてるんだから。
と、とうとうリーフさんが声をあげた。

「他の奴にもらったって嬉しくねえよ!オレはリーフのチョコが欲しい!」

こちらも食い下がらない。
それはもう告白ととっていい言葉なのに、リーフさんはなかなか首を縦に振ろうとはしないんだ。

まあつまるところ。
レッドさんは、グリーンさんがへまをして、せっかくのバレンタインに妹と仲違いしないだろうかと心配していて。
グリーンさんは、義理でもいいから好きな子からチョコが欲しい、と言わんばかりにリーフさんにチョコを要求していて。
リーフさんはリーフさんで、毎年増える一方のグリーンさん宛てのチョコに、少し嫉妬してしまったんだろう。
おれは知っているんだ。
おれにチョコを手渡したリーフさんの、後ろに隠した紙袋の中に、ひとつだけ他とは異なるラッピングの箱があったことを。
リーフさんがトキワジムに来たのは、チョコを配り歩くためではなくて、きっとその特別なひとつをグリーンさんに渡すためだったんだ。
そこで、チョコの山の仕分け作業を目撃してしまったものだから。

――あなたはもてるんだから

きっとあれが本音なのだろう。

(ほんと、リーフさんは素直じゃないなぁ)

嫌なら嫌だって、素直にそう言えばいいのに。
自分以外からチョコを受け取らないでほしいと。
そうしたら、その特別なひとつをあげると。
それが言えれば、こんなに苦労しないだろうに。

「お守りをするのも、大変だな」

ぽつりと呟いた言葉は、やっぱり口論を続ける先輩たちには届いていないようだ。
きっとあの先輩たちも、「喧嘩ができる幼馴染み」のポジションが心地好くて、それに甘んじているんだろう。
まったく、人騒がせな人たちだ。
師匠には、あの二人は心配いりません、と報告しておこう。
だって、ほら。

「…が」

「へ?」

「あなたが、どっちつかずだから…!!」

「なんだよ、急に」

「もう、いい。そんなに私のチョコが欲しいなら、勝負よ!私に勝ったらチョコをくれてやらないでもないわ」

「おお、本当か!!よっしゃ、いくぞイーブイ!」

「手加減しないからね!」

そんなことを言って、二人でモンスターボールを片手に外へ繰り出してしまった。
本当に、来て損した。
あの二人に、お守り役なんて必要ないんだ。

「…さて、と」

おれも行こうかな。
せっかくトキワシティまで足を運んだんだから、先輩たちのバトルを拝んでやらなきゃそれこそ損だ。
ベルトにつけたモンスターボールがカタカタと揺れて、早く早くと急かしている。
なんだかんだ言って、喧嘩ができる幼馴染みなあの二人のバトルは、いつ見てもわくわくするから。

ああ、おれも単純だなあと思いながら、お茶菓子をひとつつまんでポケットに入れて、二人の後に続いてジムを出た。




















****
グリリのバレンタイン

はた目は喧嘩バカップルなグリリと
妹が心配なレッドさんと
振り回されるヒビキ君の図でした

以下後日談












「レッドさん、おれはあのバカップル二人組よりもレッドさんの身が心配です」

「俺は大丈夫…だから…。あのウニ…ちゃんと、リーフからチョコもらってた?」

「結局、バトルが楽しくてうやむやになったみたいです」

「……………あいつぶっ殺す」

「レッドさん目怖い超怖い物騒なこと言わないで!」






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