最近見ないと思っていた彼が、色鮮やかな花束を持って現れた。 「ホワイト、これあげる」 ふわり。 笑顔で差し出されたそれを受けとると、甘い香りが鼻孔をくすぐる。 あたしは突然のことに驚いて、久しぶり、とか何やってたの、とか、会ったら言おうと思っていた言葉をぜんぶ飲み込んでしまった。 「これ、どうしたの?」 「キミに合う花を選んできたんだ」 目をまるくして尋ねてみても、くすりと笑ったNからは答えにならない答えが返ってくる。 彼の突拍子もない行動にはもう慣れたつもりだけれど、数週間行方をくらまして、久しぶりの再会に花束をプレゼントされるなんて初めてのことだった。 あたしはますますわけが分からない。 彼は贈り物を選ぶとき、たいていの場合はチョロネコやダルマッカといったポケモンのぬいぐるみをくれるのに。 こんなに綺麗な花束を選んできたということは、なにか特別なことでもあったんだろうか。 「ホワイト、今日は何の日か知ってるいるかい?」 「…えっと、クリスマスはとっくに終わったよね」 とにかく思い当たる節がなかったので適当に言ってみたら、苦笑された。 ちょっと心外だ。 ふてくされた顔をしていると、Nはあたしの目を見て優しく言う。 「今日はね。大切なひとに、日頃の感謝の気持ちを伝える日なんだって」 バレンタイン。 ああ、そっか。このところカレンダーなんて気にせず走り回っていたから、日付の感覚がなかったけれど。 彼はあたしの手をとって、ふわりと微笑んだ。 「キミのことだからきっと忘れているだろうねってチェレンが言っていたけれど、本当だったようだね」 …なるほど、チェレンから聞いたのか。 楽しそうに笑うNを見て、なんだか負けたような気分になってくる。 でも、いったいどこで花を選んできたんだろう。 彼の手にはすっかり花の匂いが染み付いていて、甘くて良い香りが辺りに漂っている。 「…気に入らなかった?」 片手に花束を抱えたまま動かないあたしを見て、Nが心配そうに声をかけてきた。 …気に入らなかったのか、なんて。 彼からの贈り物が、気に入らないわけがない。 むしろ。 「ううん。すっごく、嬉しい。ありがと」 『大切なひと』なんて言われて、ちょっぴり、いやだいぶ、恥ずかしかっただけで。 負けたような気分になるのもそのせいだ。 だからどんな顔をすればいいのか分からなくて、あたしはうつむいて呟いた。 確信をもって言える。あたしの顔は今、最高潮に赤いことだろう。 すると。 「…ホワイト」 「?」 「キミは照れてる顔も可愛いね」 「ばっ、ばか!!」 この男はいけしゃあしゃあと、なんて恥ずかしいことを言ってのけるんだろう。 一発殴ってやろうかと思って勢いよく顔を上げたら、何を思ったのか、Nは花束ごとあたしをぎゅっと抱きしめてきた。 一応花をつぶさないように、力加減はしているらしい。 彼に残った花の香りが、あたしにも移っていく。 「…N?」 「いつもありがとう、ホワイト」 耳元で、彼が笑っているのがわかった。 そうしたら、なんだか何もかもがどうでもよくなってしまって。 「…うん、こちらこそ」 ありがとう。 あたしも心から笑って、そうお返しをした。 **** 当サイトの甘々担当班でした - - - - - - - - - - |