このところは何かとハードな日々が続いていた。

ヒウンシティの大都会を、プラズマ団を探して駆け回ったり。
ちょっと探険、のつもりで足を踏み入れたリゾートデザートで迷って、一日中歩き通したり。
かと思えばまたライモンシティでプラズマ団と再会してしまったり。
ただでさえジム戦や長旅で疲れているのに、訪れる街々であの集団に出くわすことは精神的につらいものがある。
意気揚々と旅に出掛けたあの日から、はや1ヶ月弱。
さすがのあたしもちょっぴりめげそうになっていた。
だから、本当に、ほんのちょっとだけ、羽を伸ばそうと思っただけなのに。











休憩のつもりで立ち寄ったライモンシティのはずれの森で、見知った若草色を見つけてしまった。



















緩やかに髪を梳く















「やあ。ホワイト、こんにちは」

「…こんにちは、N」

なぜか大事そうにクルミルを抱えてこちらに歩み寄る彼の挨拶は、先日遊園地で激しいバトルを繰り広げた相手とは思えないほど爽やかだ。
対するあたしの笑顔は少しひきつっている。
無理もない。
だって、この彼が、あたしに精神的ダメージをもたらしている組織の、まぎれもない王さまなのだから。

「…その子は?」

込み上げてくる数々の文句と質問を喉元に止めて、あたしは彼の抱えているクルミルを覗きこんだ。
いつも早口に捲し立ててくる彼が落ち着いているところを見ると、どうやら今日は彼の“理想”を語るつもりはないらしい。
次の言葉で、あたしはなるほどと納得した。

「さっきそこで会ってね。仲間とはぐれてしまったらしいんだ」

ね。とNがクルミルを撫でると、クルミルも困ったようにこくんと頷いた。
たしかに、この状態のポケモンを放っておける彼ではない。
まだ数回しか話したことはないけれど、彼のポケモンを大切に思う気持ちは充分すぎるほどあたしにも伝わっている。

「それで、一緒に探してあげてたの?」

「いや、一緒に仲間が来るのを待っていたんだよ。下手に動くと行き違う可能性もあるしね」

きっとこの子の仲間も、今頃必死に探しているよ。
そう言って笑うNの目は、いつもの感情のこもっていない目じゃなくて、ほんのり優しさがにじんでいた。
それに一瞬目を奪われて、あたしは思わず「じゃあ、あたしも一緒に待っててあげるよ」と口走ってしまった。
言ってから、あれ?と思い直したって、もう遅い。

「本当かい?ありがとう、ホワイト」

そう言って微かに笑うNには、本当に、数日前に一戦を交えたあの時の面影がない。
彼の腕に抱かれているクルミルも嬉しそうに鳴いて、あたしたちは近くの木陰に腰を下ろした。


“迷いの森”というくらいだから、きっと入り組んでいるだろうこの森の中を、小さなクルミルは仲間とはぐれてひとりぼっちで歩いていたんだろう。
森には他にもたくさんのポケモンも生息しているし、不安も多かったに違いない。
それをNはすぐに感じとって、この子のそばについていてあげたんだ。
そう考えると、あたしには自らをプラズマ団の王だと宣告してきた時の彼の姿が不思議に思えて仕方なかった。
…彼があの組織と繋がっているようには、どうにも思えないのだ。あんな、目的のために平気でポケモンを奪って傷つける組織の、彼が王さまだなんて。
本当は、彼はただポケモンが大好きな、人一倍ポケモンを大事にするだけの青年なんじゃないかって、そう思えるのだ。

「なかなか来ないね」

「この森は複雑に入り組んでいるからね。探すのに手間取っているのかもしれない。…大丈夫、絶対迎えに来るよ」

最後の言葉は、ちょっぴり落ち込んだ様子のクルミルに向けられたものだ。
Nがまたクルミルをひと撫ですると、クルミルは彼の頭の方に目を向けた。
小さな体を必死に伸ばして、Nに何かを伝えようとしている。

「帽子が気になるのかい?」

彼はそれに気付くと、被っていた黒いつば付きの帽子をひょいと脱いで、クルミルに近づけた。
クルミルは嬉しそうにそれを受け取って、帽子で遊び始める。

「気に入ったみたいね」

「でもひとつしか持っていないから、残念だけどあげられないな…」

「きっと飽きたら返してくれるわよ」

そう言って笑ったら、彼もまた少し笑い返してくれた。
いつもの曖昧な含み笑いじゃなくて、心から笑っているような、優しい微笑み。
そこでふと気付いた。
さっきまで気疲れと警戒で硬直していたはずのあたしの体は、いつの間にか荷を下ろしたように軽くなっている。
気付けば頬も緩んでいた。
なぜだろう。

なんとなく隣に座るNに目をやると、綺麗な若草色の髪が風になびいているのが見えた。
木漏れ日を受けてきらきらと輝いているそれを見て、まるで春に芽吹く木の葉みたいだなと思う。とても、綺麗。
気付いたら、あたしは彼の髪に手を伸ばしていた。
少し長めで、ふわふわと梳ける感触が手に心地良い。

「…Nの髪、ふわふわ。もふもふしてる」

「くすぐったいよ、ホワイト」

「なんか、落ち着く」

「…ホワイトも、充分ふわふわだよ」

「あたしよりあなたの方がふわふわしてる」

そうして、ふわふわ、とか、もふもふ、なんて言いながら彼の髪を梳いていると、なんだか平和だなあなんて思ってしまう。
できればこのまま、争うこともなく、ずっと…。きっと、それは叶わない願いなのかもしれないけれど。

しばらくそうしていると、不意にクルミルがきゅうと小さく鳴いた。
仲間が迎えにきたらしい。
心配そうに寄って来たクルマユとハハコモリに、クルミルが嬉しそうに反応する。

「もう、はぐれてはいけないよ」

「元気でね」

Nがクルミルを返してやると、クルミルがまた小さく鳴いた。

「クルミルは何て言ってるの?」

「…屈んで欲しいって」

彼が言われた通りにハハコモリに抱かれたクルミルの目の高さまで屈んでやると、クルミルは大事そうにくわえていた黒い帽子を彼の頭に器用に被せてあげた。
クルミルを抱くハハコモリも、微笑ましそうにそれを見ている。

「…!ありがとう」

よかったじゃない、とあたしが振り向くと、彼も安心したようにそうだねと頷いた。















「たまには、こんな日もあるのね」

「何がだい?」

「ほら、あなたと会う時って、たいてい面倒なことの前触れだから」

「…嫌味だね」

「だって本当のことじゃない」

からからと笑うと、彼はうーんと眉根を寄せた。珍しく困っているみたい。
あたしは続ける。

「でも、今日はバトルもしなかったし。平和だったわ」

「たまには、そんな日があってもいいさ」

「そうね」

本当は、ポケモンバトルをするでも、敵として対立するでもなく、あたしは普通に彼と話がしたかっただけなのかもしれない。
ただ純粋にポケモンが大好きな者同士、素直に向き合いたかっただけ。
今になって、ようやくそう思えるようになった。

「ねえ、Nはこれからどうするの」

「ボクはこのままホドモエに向かうよ。ここにはただ、森のポケモンを見に来たかっただけなんだ。キミは?」

「あたしは、もうちょっとここで休んで行こうかな」

「それじゃあ、ここでお別れだね」

彼はそう言うと、すっと手を差し出した。

「N?」

「今日は、お互い争っていないからね。クルミルと一緒に仲間を待っていてくれてありがとう」

あたしはしばらく差し出された手をぽかんと見つめて、やがて満面の笑みを湛えてそれを握りしめた。

「どういたしまして」

初めて互いに向き合って、交わした握手。
初めて握った彼の手は、今日見た木漏れ日みたいにとても温かかった。




















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N×W企画さまに提出させていただきました!

書きたいことが溢れて、書いては消しの繰り返しで…難産でした…。
人によってNさんに関する感じ方は様々だと思います。私の場合はこんな感じ。
この際「迷いの森にクルミルはいねーよ!」とか「入り組んでねーよ!」というツッコミはお控えくださいな(笑)


とっても素敵な企画でした
ここまで読んでくださってありがとうございました!





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