だから僕らは走り出す


午後は全部サボると思っていたけれど、ハチがサボったのは一時間だけだった。
以降、ずっと何かを考えている。勘右衛門に視線を痛い程浴びせていたから、さっきのうちに何か話したのかもしれない。

ハチが悶々と悩むなんて滅多に無いことだから、見ているとなかなか面白い。
思えばあの頃から、ハチが悶々とするのは兵助のことだけだったような気がする。
僕は三郎や兵助程記憶が鮮明なわけじゃないから分からないけれど、残っている記憶の中には悩むハチなんていなかった。



「ハチのやつ、ずっと悩んでるな」
「うん。多分兵助のことだろうけど」
「大方勘右衛門が何か言ったんだろう。話したそうにしていたし」
「だよね」



三郎の言葉に頷く。
やはり行き着く考えは同じで、思わず笑ってしまう。



「……何?」
「いや、考えることは同じだなーと」
「……そりゃあ、双忍だもの」



僕の言葉に一瞬きょとんとして、ニヤリと笑う三郎。
双忍って、今僕らは忍では無いだろうに、なんとなくおかしかった。



生徒会に向かう三郎を見送って、未だ悩むハチに声を掛けた。
放課後になったことにも気付いてないらしく、ずっと一人で百面相を続けている。



「たーけや」
「! ぅお、ふ、不破」
「もう放課後だよ?何悩んでんの」



そう尋ねると、ハチは苦笑しながら頭を抱えていた腕を離した。
この時の、ハチの本音を隠した笑顔は好きじゃない。
まあ、本音を隠すなとは言えないけど。



「……やー、まあ、ちょっとな」
「話くらいなら聞くよ」



歯切れの悪いハチに微笑んで前の席に座る。三郎は無理矢理思い出させるのは良くないって言ってたけど、多少のヒントは与えてやるべきだと思う。
まあ、勘右衛門に大分ヒントを貰ったようだからほんとに聞くだけになりそうな気もするが。

僕の言葉に暫く迷う素振りを見せたものの、ハチは目を泳がせながら口を開いた。



「あー……笑わないでほしいんだけど」
「うん」
「……夢を、見たんだ。……兵助の」
「…………どんな?」



兵助、と呼んだことに少し驚いたが、先を促す。
少しずつ、あの頃に近付いているかもしれない。期待して話に耳を傾ける。



「……戦場で、俺達は、そのー……忍者、だった。俺が血塗れで倒れてて、俺の傍には兵助が、泣いてて、ああ俺死ぬんだな、て冷静に思ってた」
「……うん」
「だけど、兵助が泣くのを見てると……何故か、涙を止めなくちゃって思ったんだ」



段々はっきりしていくハチの目を見ながら静かに頷く。
夢でしか見られない記憶に戸惑うのも無理は無い。だけど、どうか思い出して。



「だから――……約束をした」
「……約束?」
「ああ」



約束のことは詳しく知らない。そこは聞いてはいけないと思ってる。二人のことだから。

ハチの目に、もう迷いは無かった。
僕に話したことで吹っ切れたのかもしれない。



「……じゃあ、その約束、守らないとね」
「不破、」



ふわりと笑むと、暫く僕の目をじっと見つめていたハチが笑う。



「ありがとな、雷蔵!」
「え」



ぽん、と頭に置かれた手とニカッと笑った笑顔に目を見開いた。
ハチが名前を呼んだ。……ということは。


全てを理解して僕は笑った。
あの頃に戻れるまで、あと少し。






(頑張れ。頑張れ、ハチ)






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