久々知的リーダー論 前





六年生は大抵、立花先輩が指揮を執る。
成績も学年では主席だし、実力もある。常に冷静で判断力もある。統率力、発言力、リーダーシップ、どれも信頼に足るものだと思う。

それに対して。

五年生は大抵、久々知先輩が指揮を執るらしい。
成績は良く、いつも鉢屋先輩と主席争いをしている。実力もある。冷静さも判断力もある。
それは分かっている。
しかし。
五年生には学級委員長が二人いる。その中でも鉢屋先輩は五年生の中では頭一つ飛び抜けて実力があるというし、先生方からも信頼されていると聞く。
では何故、久々知先輩なのだろうか。





久々知的リーダー論





そんな話を四年生の中で話してみれば、みんなどこか納得したような、反論したいような、微妙な表情をした。
特によく久々知先輩と交流のあるタカ丸さんや三木ヱ門や守一郎は困ったような顔だった。

「確かに久々知先輩って、あんまり積極的にみんなをひっぱるタイプではないね」

最初に声を上げたのは喜八郎。
その言葉に同意すると、「でも」とタカ丸さんが口を開く。

「久々知くんはしっかりしてるし、ぼくや後輩が困ってるとすぐに気づいてくれるよ」
「そもそもそこからです、タカ丸さん」
「え?」
「私の委員長ならば同い年でも後輩にあたる者なら敬語で話せと仰るだろうし、他の先輩方もそうでしょう。敬称も絶対外させませんよ」
「……まあ、それは確かに、うちの委員長も怒るだろうな」
「立花先輩も怒ると思うよ。あの人意外とそういうのうるさいから」
「作法委員長なのだから当然だろう」
「食満先輩は?」
「んー……確かに、言葉遣いはよく注意されるかも。おれ謙譲語とかよく分からないんだけど」
「それはまあ、おいおい覚えるとしてだ」

守一郎の言葉にそれそうになる話題を戻して、タカ丸さんを見る。
私達の言葉に思い当たる節でもあるのか苦笑した。
そういえばタカ丸さんって他の五年生の先輩のことは敬称をつけて呼んでいたような。

「いや、最初に久々知くんに言われたんだ。『おれに対してはそれでいいけど、他の五、六年に対しては敬称も敬語もつけろよ』って」
「へえー。自分はいいけど、ってところが久々知先輩らしいですね」
「だな。久々知先輩ってあんまりそういうの気にしないもんな」
「『必要な時にきちんと使い分けできるなら別におれはいいよ』って言ってた」
「久々知先輩らしいなあ」
「……でも、リーダーっぽくはないよな」

和やかになりつつあった雰囲気が止まる。
自分達の委員長を見ているとどうもリーダーっぽくはない。
しっかりはしていらっしゃると思うが、七松先輩ほどどんどん引っ張っていくタイプではないし、潮江先輩ほど毅然とした態度を取っているわけでもない。立花先輩のように的確な指示を出すわけでも、食満先輩のように前に立って勢いをつけてくれるタイプでもない。
伊作先輩のように優しく厳しく導いてくれる印象もなければ、中在家先輩のように態度で示すタイプでもない。
しかし、五年生のリーダーなのだ。

「これは、誰かに聞いてみるしかないんじゃないか?」
「誰かって?」
「五年生の先輩方だと怒られるんじゃない?」
「仲良いもんね」
「とすると……」

五年生がダメなら一つしかない。



***



「久々知のリーダーとしての素質?」

委員会の休憩中、七松先輩に訊いてみた。
なんだそれは? と不思議そうな顔をする先輩に、更に説明を加える。

「昨日四年生で話していて、五年生では久々知先輩が指揮を執ることが多いと聞きまして。しかし失礼ながら、久々知先輩よりも鉢屋先輩や尾浜先輩の方がリーダーとしての素質があるのではないかという話になりまして」
「あはは! それでどうして久々知がリーダーなのか、か!」

普段通り快活に笑う先輩は答えを知っているようだ。
珍しくそうだなあ、と言葉を探す先輩に、先輩から見ても分からないのだろうか、と考える。
と。

「五年をまとめられるのは久々知だけだろう」
「……何故?」
「確かに久々知は率先して動くタイプではない。だが、信頼できる」
「信頼……ですか?」
「そうだ。覚えておけ、滝夜叉丸。リーダーには大きく分けて二つのタイプがあるのだ!」

それは何かと尋ねる前に七松先輩は立ち上がり、三之助と四郎兵衛と金吾にマラソン再開の声をかける。
後は自分で考えろ、ということだろう。



***



また迷子になっているのかまだ来ない一年生二人と三年生の分も出来る限りやっておこう、と会計委員会は仕事をテキパキとこなしていた。
帳簿の計算をしながら、三木ヱ門はふと昨日の会話を思い出す。
五年生がそれで納得しているのだからいいじゃないかと思いつつも、あの先輩には自分も世話になっているから少し気になるのは事実。

「潮江先輩」
「なんだ」
「久々知先輩のリーダーとしての素質ってなんでしょう?」
「は?」

突拍子もない質問に思わず文次郎が帳簿から顔を上げた。
三木ヱ門は手を止めずに続ける。

「滝夜叉丸の奴が、どうして久々知先輩がリーダーをすることが多いのかと言い出しまして」
「……そりゃあまた、五年が聞いたら怒るぞ」
「あ、いえ! 馬鹿にしているわけではないのです! その……五年生には学級委員長が二人いらっしゃいますし、成績も総合的には久々知先輩より鉢屋先輩の方が上だとお聞きしますので」

慌てて弁明する三木ヱ門の言葉に文次郎は納得したように帳簿に視線を戻した。
ということは、六年生にとっても久々知先輩がリーダーなのは納得できることなのだろう。
不思議そうな顔をしていたのか、文次郎はちらりと三木ヱ門に視線を向けた。

「まあ、お前らから見たら不思議かもな」
「……え?」
「火薬委員会は地味で目立たない委員会だ」
「え……と、それだけ問題を起こしていないということですよね」
「ああ。何故問題が起きないか分かるか?」
「……?」

含みのある言い方に首を傾げると、文次郎は軽く笑って止まっていた手を再開させた。
ここまで教えたのだからあとは分かるだろう、という合図だ。
無茶な……と思いつつも反論はしない。それが長年培ってきた文次郎との関係だ。



***



「久々知先輩って、五年生のリーダーなんですか?」
「ん? まあ、指揮を執ることは多いみたいだな。それがどうした?」

釘を打つ手を止めることなく、守一郎の唐突な質問に留三郎は聞き返す。
守一郎は屋根を支えながら昨日の話を語った。
兵助はクラスも委員会も決まる前、よく気にかけてくれた先輩だ。優しい人だとは思うが、火薬委員会では二年生の三郎次の方がしっかりしていたように思う。

「なるほどな。で、久々知はリーダーに向いてねえって?」
「いえ、そういうわけでは……。でも、あんまりリーダーっぽくないなとは思います」
「はは、正直だな」

留三郎は軽く苦笑すると、そのままさらりと言葉を続けた。

「火薬は下級生もしっかりしてるよな。でも、それは久々知がしっかりしてないってことじゃない」
「……?」
「近いのは伊作だな。ヒントをやって、後輩に考えさせる」

そうなのか、と思いつつ兵助の行動を思い出す。
……どうも心当たりが思いつかない。

「久々知先輩もそうなんですか?」
「分からないならよっぽどさりげないんだな、久々知は」

不思議そうな守一郎に留三郎はからりと笑った。
それがどこか嬉しそうに見えて、守一郎は益々首を傾げた。



***



「どうした、喜八郎。今日の委員会は無いと伝えたはずだが」
「聞いてまーす。少し質問がございまして」
「お前が質問? 珍しいな」

怒ると面倒だからあんまり聞きたくないんだよな、と内心失礼なことを考えつつ、喜八郎は昨日の会話を思い出す。
くだらないけど、まあ、多少は自分も気になるので。

「久々知先輩が五年生の中でリーダーになることが多いのはなんでかなーと」
「久々知? お前、久々知と仲が良かったのか?」
「いいえ、お豆腐好きな優しい先輩ってことくらいしか知りません」
「ではどうしてお前が久々知のことを気にする?」
「私ではなく、滝夜叉丸が」

昨日の話をかいつまんで話すと、仙蔵はケラケラと笑った。
そこまで笑える話をしたつもりはないのだが。
じっと仙蔵を見ていると、仙蔵はふと笑うのをやめる。
そしてたまに見せる、意地の悪い笑みを見せて。

「そんなに気になるなら次の実習では久々知と組んでみるといい。……ああ、それでも分からないかもしれないな」
「分からなければ意味がないと思います」
「ふむ。……では、上級生で実習でもしてもらうか。私が解説をしてやろう」
「それならタカ丸さんでも分かりますね」
「タカ丸は分かっていると思うが……まあいい。お前達の考えを話せば級長コンビも嬉々として協力してくれるだろう。あいつらさえ掴めばあとは簡単だ」

愉しそうに笑う仙蔵を見て、喜八郎はほんの少しだけ五年生に同情し、ほんの少しだけ仙蔵にこの質問をしたことを後悔した。



***



数日後、上級生総出の実習が行われた。
といっても全員ではなく、各学年から選抜だ。もちろん学園では有名な人物たちである。
内容は「とある村の情報収集」と割と本格的だ。
仙蔵・勘右衛門・三郎の思惑に一つ返事で乗っかった学園長は、ついでに自分の知りたいことをやってしまおうと考えたようだ。相変わらず喰えない人である。
さて、そんなこんなで集まった十六名。

「久々知、総指揮はお前がやれ」
「……は?」

会議をしようと集まった場で大抵いつも指揮を執る仙蔵がさらりと言ってのけた言葉に、兵助は大きな目を瞬かせた。
当然ながら兵助以外は事情を知っているので、驚く者はいない。苦笑する者はいるが。
きょとんとする兵助に、仙蔵がゆったりと笑った。

「そろそろ代替えの準備も必要だろう。来年はお前がこの場にいるのだから、今から慣れておいて損は無い」

納得できるような言い訳に数人がさすが仙蔵、と内心思う。
しかし、兵助はその言葉に目を細めると一つ訊ねた。

「……いつも通りで良いのですね?」
「ああ、もちろん。そうでなければ意味がない」
「分かりました」

その会話にどういう意味があるのか、正確に理解したのは当人達を除けばほんの数名。
揃って首を傾げる四年生だけには、こそりと仙蔵の注釈が入った。

「私達の目論見に気づいているようだ。正確なことまでは分かっていないだろうが、私達がお前達に何かを教えることは分かったのだろう」
「……そこまで分かるのですか?」
「でなければあんな質問はしないさ。あれは、自分が指揮としてどう動けば良いかという質問だ。私達の邪魔をしないようにね」
「何故分かったのでしょうか」
「私の最初の言葉が一つ、その時の周りの反応が二つ。判断材料は充分だろうな」

よどみなく説明する仙蔵にも、その内容にも四年生はただ感心した。
そしてそれを理解した上に邪魔をしないように動こうとする兵助の姿勢にも。
内容も分からないのに邪魔をしないように、なんて自分達は絶対に考えないだろうから。

「では、今回は私が指揮を執らせていただきます。至らない点がありましたら容赦なく、四年生も遠慮しないで言ってくれ」
「はい」

穏やかに笑む兵助に四年生は頷く。
四年生に頷き返し、兵助は全員を見渡した。

「さて。学園長先生が仰っていた村のこと、何か知っていますか?」
「ざっくりしてんなあ」
「なんでもいいの?」
「土地のことから噂までなんでもいいです。学園長先生が仰るということは何かあるってことでしょうが、私は何も知らないので」
「うーん……ざっくりとしか知らないけど、そう遠くない場所だったはず」
「危険な村では無かったと思うが」
「一度行ったことがあるけど結構栄えてたと思うよ」
「何か名産でもあるのでしょうか」
「確か海が近えんだよ。漁業が盛んだった記憶がある」
「あれ、でも数年前までは見世物とか曲芸が有名じゃありませんでした?」
「乙名が変わったんだよ。それからじゃなかったかな、漁業を始めたのは」
「なんで漁業を?」
「さあ?」
「あ、そういえばその村って甘味が美味しいんだよ。この間しんべヱがくれてさあ」
「なんでしんべヱ?」
「知らないけど、くれるっていうから」
「それ、私も貰いました。確かその村に福富屋の常連さんがいるとかで、貰い物だそうですよ」
「あ、私も貰ったぞ。あの団子美味かったよなあ」

ある程度情報が出揃ったところで、兵助はパンと一つ柏手を打った。
全員の視線が兵助に集まるとにこりと微笑む。

「とりあえず学園長先生の目的も不透明なままなので、何班かに分けて調べましょうか。
平・勘右衛門・七松先輩は甘味、立花先輩・綾部・八左ヱ門は漁業、三郎・雷蔵・中在家先輩は見世物、田村・潮江先輩・善法寺先輩は乙名について、タカ丸・守一郎・食満先輩はその他。では私はしんべヱに常連さんの話を聞いてきますので」
「いってらっしゃーい」

淡々とそう言うと、四年生が声をかける間もなく姿を消した。
残った者達は顔を見合わせる。

「今のうちに調整しておけ、ですって」
「え?」
「この組み合わせで目的に支障をきたすなら今のうちに話し合えってことだね」

勘右衛門と雷蔵の言葉に四年生は驚く。
本当に邪魔をしないようにしてくれているようだ。
仙蔵が苦笑を零した。

「だがこの采配で異論は無かろう。福富屋の常連から話を聞き出すには団子を食ったお前達が適任だし」
「漁業も一度兵庫水軍に行ったことのある作法委員会に仙蔵と息の合う八左ヱ門だし、見世物も経験したことのある三人だし」
「乙名は?」
「潮江先輩は惣の事情についてよく知っているし、伊作先輩と三木ヱ門は潮江先輩の思考もある程度読めるだろ」
「確かに……」
「その他というのは?」
「タカ丸さんは人の話を聞くのがうまい。守一郎は好奇心旺盛。食満先輩は子供の扱いがうまい。三人とも噂話を集めるのにはうってつけってわけ」
「なるほど……」

適当に采配されたものと思っていたが、意外と考えられている。
自分達が話している時には既に考えていたのだろうか。だとしたら凄い。

「久々知のリーダーとしての素質が分かってきたか?」
「はい……」
「でも、情報をまとめてうまく采配するなら参謀でもよい気がするのですが……」

眉を下げてそう言う三木ヱ門に、六年生と五年生は笑った。
嘲笑ではなく温かい笑み。
よくそこに気が付いた、と言われたような気がした。

「それはまだこれからだな」
「そうそう! 始まってからが兵助の本領発揮だから!」
「「???」」

楽しそうな面々に、四年生は顔を見合わせた。





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