黒い彗星

*若干のキャラ崩壊を含みますかっこいい五年六年はいません
*ちょっとメタトーク
*書き手の実体験混ぜてますので苦手な方注意








いっそのこと、殺してほしいと頼んだ。
このまま生きている方が、辛いからと。
目の前の後輩は涙目で首を振った。
そんなことはできないと、必死で。
――どうして。




「どうして生物委員のくせに害虫退治できないんだああああ!!」
「ごめんなさいそれだけは無理なんですマジで!!」


ゴキブリが出た。





黒い彗星





ある日の忍術学園。
食堂のおばちゃんが休暇で四日ほど開けることになり、学園長の思い付きで四年生以下はみんな三泊四日の実習に出かけてしまっている。
もちろん、教師もほとんどが不在だ。
残された五年生と六年生は長期休暇の度に残っている面々なので、自活は慣れている。
季節外れの長期休暇のようだと笑いつつ束の間の休暇をそれぞれ満喫していた。

が、その平和な時間もあっという間に終わりを告げる。

四日間の食事当番を買って出てくれた兵助が買い出しのために学園を出たあとで、鍛錬でもするかとみんなで道場へ向かった時だ。
道場の中から、カサカサ、と不穏な音が聞こえる。
いやいや気のせいかもしれないだろう、と文次郎が恐る恐る扉を開けて――即閉めた。
いた。
一言そういった文次郎の言葉で、辺りは静寂に包まれる。
みんなが大嫌いなあの虫が出た。
しかし、放置しておくわけにもいかない……というか、放置してあれの行方が分からなくなったらこの先道場に入れない。
誰かが始末しなければ――。
ここで冒頭に戻る。


「なんで! 生物委員だろうお前!」
「それとこれとは別です! っていうかおれはあれを生き物だとは認めてません!」
「生きてる以上は生き物だろうが! お前の大好きな生き物だろうが!」
「だったら三郎が退治しろよ! お前だってほら、あの、あれ、なんか天才らしいじゃんお前! あんなちっこい虫一ひねりだろ!?」
「そんな設定知らんわ! そもそも天才って言われてるのは変装だけで成績はほとんどみんな変わらねえだろうが!」
「成績の話なんて今はしてねえんだよ! 良いから早く誰か退治してこいっ!」
「「だったら潮江先輩が行ってくださいよ!」」


一番虫に強そうな生物委員長代理がこの有様で、他の面子が退治できるわけもなく。
道場前では依然、扉一つを挟んで膠着状態が続いていた。


「誰でもいいからさっさと退治してくださいよ! たかだか虫一匹でしょうが!」
「だったらお前がやれよ! あれが目の前に迫ってくる恐怖味わったことあんのか!」
「ありますよあれはトラウマです! 世界がスローモーションになりましたよ!」
「虫で走馬灯見たのは初めてでした!」
「その時は誰が退治したんだ!? 自分ではないのか!?」
「そうだ、だったら退治できるんじゃねえか! 行けよ!」
「ちょっ、ふざけないでくださいよ自分で退治できるわけないでしょ!」
「そうですよわたしら五年で一、二を争う虫嫌いですよ!」


普段は飄々としている学級コンビもあの虫には勝てないようで、よく見れば二人とも道場から一番離れた場所にいる。
余程嫌いらしい。
二人を呆れたように見ている六年生だが、自分達も始末できないので同レベルである。


「どうする……? このままじっとしてても時間の無駄だよ」
「ちょっと隙間開けて、苦無投げるとかどうですかね」
「開けた瞬間出てきたらどうするんだ……! お前が開けるならいいけど」
「やめましょう、大体あんな小さくてすばしっこいものに苦無当てるなんて至難の業でした」
「即答か」
「そうだ、伊作、お前殺虫剤作ってなかったっけか」
「それだ! それを道場の前で焚けば……」
「死ぬまでその辺逃げ回って、こっちが安心したところに目の前に背面スライディングしてくるんですよ」
「死ぬまで目の前でのたうち回られる怖さが分かりますか」
「……経験者?」
(※実話です)


その光景を思い出したのかさっと青ざめる五年生に、六年生は無言になる。
退治しなければ自分達に平穏が訪れることはないのに、解決策が思い浮かばない。


「先輩……先輩でしょ? おれ、先輩のいいところ見たいなあー」
「そんな棒読みで……つうかお前らに言われてもなんも嬉しくない」
「くそっ、三郎変装だ!」
「合点雷蔵!」
「そんな顔だけのしんべヱなんて全然可愛くない! むしろ不気味!」
「だからと言って喜三太の顔をするな! 私をおちょくっているのかお前ら!」
「じゃあどうしろっていうんですか!」
「だあもう変装はいいんだよ! 五年行けよお前ら後輩だろうが!」
「先輩が無理な時点で後輩が行けるわけないでしょ!」


どうでもいいから早く誰かなんとかしてくれ!
全員の心が一致した。
しかしどうにか出来る者は、今ここにはいない。


「大体今まではどうしてたんすか! 六年長屋にも出るでしょ!」
「うちはあれだ、担任に言えば始末してくれる」
「過保護か!」
「なんつう厚遇……うちなんて拳骨なのに……!」
「木下先生厳しいもんなあ」
「じゃあ五年はどうしてんだよ?」
「うちは一年の時から兵助一択です」
「「兵助?」」


雷蔵の言葉に、六年生はこの場にいない五年の顔を思い浮かべる。
ぽやんとした印象が強いが、五年生の長である。
確かにあんまりこういうことにも動じなさそうだが。


「あいつ山育ちなんで虫には強いんですよ。家に虫が入り込んでくるのはしょっちゅうだって言ってました」
「寝ぼけたままゴミだと思って掴んだら蛙だったとか、風呂入ってたら目の前にゲジが落ちてきたとか」
「窓を閉めたらヤモリが落ちてきたこともあるらしいですよ」
「さすがに風呂で背中すれすれのところでムカデが泳いでた時はびっくりしたらしいですけど」
(※全て実話です)


六年生は唖然。
学園も山の中にあるのでそれなりに似たような経験はあるが、それでも兵助の家はド田舎にもほどがある。


「……デンジャラスだな……」


それしか言えなかった。


「だから毎回兵助に頼むんですよ」
「夜中でも文句言いながら片付けまでしてくれて……」
「母ちゃんか」
「異論有りません!」
「母ちゃんですよあの手際の良さは!」
「認めやがった」
「こんな息子いらねえ」


六年生の毒舌は聞き流しつつ、五年生は溜息を吐く。
豆腐屋のおやじさんとの話が長いので行かなかったが、こんなことになるなら兵助の買い出しについて行けばよかった。
すっかり息子気分である。


「ああもうどうするよ……兵助待つか?」
「それが一番かもしれませんね……」
「だが、兵助が帰ってくるまでに隠れよったらどうするんだ」
「あれはすぐ隠れるもんなあ……」
「生物委員長代理、虫の気配とか分かんねえのか」
「だから、おれにとってあれは虫じゃないんですって」
「紙魚は飼うくせに……」
「あれは虫だからいいんだよ!」
「あれも害虫だ……」
「よく害虫なんか飼えるなお前……」
「うっせキララちゃん馬鹿にすんな」
「キララちゃんじゃなくてお前を馬鹿にしてんだよ」
「話がずれてるよ君達」


悩んでも仕方ないと思いつつも、出来ればあれと関わりたくない。
少し話せば話がずれる五年生につっこみながら考えていると。
ようやく救世主が登場した。


「……なにしてるんですか?」
「……へ、」
「「兵助!!」」
「えっ!?」


怖いくらいに目を輝かせる友人達と先輩達に困惑する兵助。


「なんでお前……買い出しは?」
「ああ、財布忘れちゃって。取りに戻ったら、小松田さんが『道場前でみんながなにか企んでるみたいだったよ』って教えてくれたんで来たんですけど」


なんも企んでないけど小松田さんグッジョブ!!
今日は五年と六年の心がよく一致する。


「そんなことより兵助! 出たんだよあれが! また!」
「はあ……? あれ……?」
「ゴがつく害虫! 黒い奴!」
「……ああ」


名前すら言いたくないと青ざめる五年生に対し、兵助は呆れたように溜息を吐いた。
息子に母ちゃんあれが出た! と言われている母ちゃんのようだ。
絵面はともかく、なんだかとても頼もしい。


「じゃあ退治してくるから……なんでそんなに離れる」
「開けた瞬間に出てきたら嫌だろ……?」
「……先輩方まで?」
「兵助、察しろ。お前がここに来るまで誰もその木戸を開けられなかったんだ」
「……あー。じゃあ行ってきますよ」


一瞬「え、六年生なのに?」という視線を投げかけられたことは気にしないでおこう。
なんの躊躇いもなくガラリと木戸を開いて中へ入って行く兵助。
母ちゃんのようなのに男らしい。


「……あいつ、めちゃくちゃ男らしいな」
「さすがおれらの母ちゃん……!」
「おれ、これから兵助じゃなくて母ちゃんって呼ぼうかな」
「……兵助、怒るよ?」
「怒るというよりはショック受けそうな気がするけど」
「確かに」
「じゃあやめとく」
「そうしろそうしろ」
「……あの、終わりましたけど」
「「早!?」」


道場から少し離れた茂みで兵助について話していると、あっという間に兵助が戻ってきた。
まだ五分も経っていないが、もう始末したらしい。
なにも持っていないところを見ると、片付けも終えたようだ。


「ありがとう兵助……! 助かったよ!」
「いえいえ、いつものことですし」
「お前、今日はいくらでも豆腐料理作ればいいよ……! 絶対全部食べるから!」
「え! ほんとに!?」
「おう! 兵助の料理美味しいし!」
「じゃあおれ頑張って沢山作るよ! 買い出し行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」


子どものようにキラキラと目を輝かせて走って行く兵助をにこやかに見送ると、全員が微妙な顔で勘右衛門を見た。


「本当に全部食えるんだろうな……?」
「ストッパーが取れた今、あいつ見境なく作るぞ……?」
「お前、また豆腐地獄とか言って逃げるんじゃないよな……?」
「凄い量になるよ……?」


兵助の豆腐料理は美味しいが、止めるものがなければ次から次へと作り続ける。
しかもそれが好意の上で成り立っているため断りにくいのだ。
兵助が豆腐料理にハマり始めて暫くは、五年生も六年生もなかなか言い出せずなんとか食べていたのだが、やはり量は多く。
最近は「豆腐料理は一回一品」という約束をして、穏やかな食事の時間を過ごしていた。

だが、そんな全員の心配そうな顔を見回して、勘右衛門はにっこりと笑った。


「大丈夫! そのためにこれから身体動かすんですよ! せっかく兵助が退治してくれたんだし!」


身体を動かせば、腹も減る。
腹が減れば、兵助の豆腐地獄も美味しく食べられるだろう。
勘右衛門の言葉に一瞬止まり、全員がにっと笑った。


「よし! じゃあ武器なしの組手から行くか」
「おお! 二対二でどうだ?」
「じゃあ八左ヱ門、組もう!」
「三郎、組もうぜ」
「「はいっ!」」
「伊作、審判よろしく!」
「はいはい」
「じゃあわたし達は刀の稽古でもするか」
「そうだな」
「はーい!」
「先輩、手合せお願いします」
「ああ」


春うららの爽やかな午後。
黒いものがいなくなった道場では、五年生と六年生の声が響いていた。











――
お察しの通り、落ちが見つかりませんでした。
小平太とか原作であの虫潰してたけど、ギャグチックだからってことで見逃してください。

実を言うと(※実話です)がやりたかっただけなんだ。本当に実話です。
ド田舎自慢〜。へっへー。
まあ私虫嫌いなんで夏場は地獄ですけどね。
あと、タイトルは友人があの虫をそう呼んでました。
ネーミングセンスあるよね。

ではでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。




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