今を生きる

*映画版園田村の話





この一件で誰もが心配していたのは、下級生でも一年は組でもなく、たった数日前に生死をさまよった五年生だった。





夜になり、下級生はほとんど休憩させている時間帯。
六年生と五年生、一部の下級生は全員が見回りや翌日の準備、別の忍務に駆り出されていた。
それは肩に傷を負っている久々知兵助も同じこと。
火薬庫なんて無いので、火薬が湿気たり曲者に奪われたりしないように管理していなければならないのだ。つい先程曲者が侵入したばかりだし。
しかも今、伊助とタカ丸は別忍務で不在な上に、三郎次は朝から兵助のサポートをしていたことで疲労が溜まり、伊作・兵助から休憩命令が出された。
同輩や先輩も自分の持ち場があるため、火薬は兵助一人が守らなければならない状況だった。

元々下級生ばかりの委員会だ、兵助も一人で不寝番をすることには慣れている。
ただ、それは心身ともに健康状態であった場合の話。
数日前に受けた矢傷はまだ完治していない。
帰園してすぐに適切な処置を受け、それによる発熱がようやく下がったと思ったらこの騒動だ。
本来なら絶対安静だが、火薬委員会は人手不足な上に顧問も不在。兵助以外に委員会を回せる者がいなかった。
その分いろんな人が事あるごとに助けてくれたが、それでも蓄積される疲労は消えない。


(……やっぱりちょっと辛いかな)


額に浮かぶ汗を左手で拭って、壁にもたれてずるずると座り込む。
夏真っ盛りではないにしろ、季節は長月の初め。夜もまだ暑い。
その上伊作の処方した鎮痛剤の効果が切れてきたのか、また右肩がじくじくと痛み始めた。
痛みには慣れているものの、体力が削られるのは防げない。
はあ、と左手で右腕を握りしめて溜息を吐く。


「……久々知?」


突然聞こえた声は先輩のもの。
気配に気づかなかった自分に内心舌打ちをして、兵助は顔を伏せたまま視線を上げた。


「……食満先輩?」
「、ああ。……大丈夫か?」


低く擦れた声に、目の前の先輩が一瞬息を呑んだのが分かった。
自分でもこれほどまで消耗した声が出るとは思っていなかった。
軽く咳払いをして、ひらりと左手を上げる。


「すみません、大丈夫です。ちょっと辛くなって休憩してただけなので」
「そう、か……伊作から鎮痛剤貰ってきたから、飲め」
「……ありがとうございます」


だらだらと流れる汗を左手で拭って、留三郎から差し出された鎮痛剤と水筒を受け取る。
辛うじて動く右手と左腕でなんとか鎮痛剤を飲んだ。
留三郎が眉を顰めていることには、気づかない振りをして。


「……なあ」
「はい」
「……お前は、なにを思った?」


ぱちりと瞬きを一つ。
主語がなくても、なんのことを聞かれているのかは分かっている。
矢に射られた時のことだろう。

あの時。

軒丸瓦を手に入れて、退却しようとした時にナルト城の忍びに見つかった。
侵入者に容赦なんてあるはずもなく、必死に逃げることしかできず。
本気で死を覚悟した。
もう死ぬと思った時、真っ先に浮かんだのは学園のこと。
後輩、先生、先輩、小松田さん、食堂のおばちゃん、そして、友人達。


「……死ねない、と思いました」


兵助の真っ直ぐな視線に、留三郎が微かに瞠目した。
いつも凛としている大きな瞳は、いつもよりも強い光を放っている。
そこに恐怖の色は一つもない。


「そうか。悪かったな、突然」


苦笑を返す。

この一件に兵助が参加することを最後まで渋ったのは六年生だった。
足手まといになりそうだとか、傷が完治していないからとか、そんな客観的な理由ではない。
たった数日前に「死」を感じた兵助が、この戦の真似事でそれを思い出しはしないか。
心を壊してしまわないか、心配だったのだ。
心を壊して学園を去った友人もたくさんいる。自分達も経験したからこその心配。
けれど、それは杞憂だったようだ。


「……あ、それと」
「ん?」
「自分にとって学園がどれだけ大切なのか、分かってたつもりでしたけど、改めて、学園のみんなが大好きだなって思いました」
「……そうか」


小首を傾げて柔らかく笑う。
艶のある黒髪が揺れた。帰園した時にはあちこちが焦げてぼろぼろだった髪。
そういえば、この黒髪もタカ丸が発狂寸前で手入れをしたと聞いた。


「だから、明日は頑張らないと」
「くれぐれも無茶はするなよ」
「分かってます。散々いろんな人に言われてますし」


ようやく立ち上がった兵助は、左手で汗を拭って微笑んだ。
その小言さえも愛おしいと言っているようで。
どこか吹っ切れたように笑う兵助に、留三郎はようやく安堵した。
この後輩は大丈夫だ。
きっと、この先も乗り越えられる。


「よし、なんか手伝うことあるか?」
「助かります。発射用の火薬を用意しないといけなかったので」
「ああ……臼砲か。あれはもう二度と運びたくない」
「はは……お疲れ様です」


なんて話をしながら夜は更けていく。
こんなどうでもいい話も、いつか思い出す時がくるのだろう。
そのために、今は沢山話をしよう。
今は、今しかないのだから。


「でも帰りも運ばないといけませんよね、臼砲」
「嫌なことを思い出させるなよ……」
「まあ、どうしても大変そうなら手伝いますよ。押すくらいならできますし」
「おお、じゃあ五年使わせてもらうかな」
「もちろん」


巣を旅立ったあとも、笑って生きていけるように。










――
六年生だって同じ道をたどってきたのだから、兵助ほどとはいかないまでも死にかけた経験は何度かあるだろうと思うんですよ。
だからこそ兵助を過保護なまでに心配する六年生。
とは反対に、矢傷を負ったことで六年生の目線みたいなものが分かり、良い意味で周りを見る目が変わった兵助のお話でした。
この矢傷によって兵助が回りに与えた衝撃は凄まじかったのではないかと思います。守られているはずの場で、死にかけた生徒。優秀だったから余計に。
兵助自身、いろいろ考えてほしいと思います。そして有限の今を、一つ一つ大切に生きてほしいと思いました。
本編短いくせにあとがきが長いってどういうことだ。笑

ここまで読んでいただきありがとうございました。



修正 16.03.22



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