今日こそ土井半助を倒す、と何度目かも分からない決意をして、尊奈門は忍術学園へ向かう。
もう諦められているのかはたまた楽しまれているのかは知らないが、上司は何も言ってこない。
自分に与えられた仕事はきちんとしているので特に気負うものもなく、尊奈門は毎回と同じく学園に来た。
今日は外から見える場所に土井の姿はなく、ならば委員会だろうかと焔硝蔵の方へ回った。
面倒なので入門表にはサインしておく。
ちなみに焔硝蔵の場所は以前の文化祭の時に把握済みである。


「よし、じゃああとは俺が土井先生に報告しておくから、今日は解散」
「「お疲れ様でした!」」
「ん、お疲れ様」


焔硝蔵ではちょうど藍の制服の子が号令をかけたところだった。
土井の姿はないが、話の内容からして土井の委員会の生徒達らしい。
後輩達に向ける笑みは、どことなく土井に似ている気がする。土井に近しい存在なのだろう。

後輩達を見送った藍の子は、焔硝蔵に鍵をかけてから何の前触れもなく自分に向かって手裏剣を打ってきた。
まさか気づかれていたか、と慌てて避けて藍の子の前に降り立つ。


「……あれ、タソガレドキの……諸泉さん、でしたっけ」


ぱちりと瞬きをしたその子は、よくよく見てみると以前組頭と手合せをしていたような気がする。
学園のイベントでも何度か見かけた記憶があった。
しかし関わりなんて碌にないのに、よく自分の名前を覚えていたものだと尊奈門は密かに瞠目する。


「うん。君は、えーっと」
「久々知兵助です。すみません、曲者かと」


困ったように小首を傾げられて、尊奈門は曖昧に苦笑を返す。
タソガレドキと学園の関係は友好というわけではない。組頭が保健委員を気に入っているからの現状なのであって、曲者なことには変わりない。
だから彼の判断は適切だと思うのだが、それをいちいち言うのも憚られた。
あまりにも彼が屈託なく笑うので。


「諸泉さんは土井先生に御用ですか?」
「え、まあ、うん」
「先生は今職員室にいらっしゃると思いますけど、私もちょうど先生に用があるので一緒に向かいましょうか」
「う、え、いいのか? 内部を私に動き回らせても」


思わず頷きそうになるほど自然に足を進める久々知を、尊奈門は慌てて引き止める。
いくら今現在敵対していないからと言っても警戒しなさすぎではないか。
尊奈門の言葉に振り返った久々知は、一瞬きょとんとして、納得したように微苦笑した。


「もうすでに焔硝蔵の場所まで知られてしまっているようですし、今更隠しても意味がないでしょう。
それに、わざわざそうやって心配してくださるのは敵対心のない証拠かと」


ありがとうございます、と微笑まれて。
尊奈門は顔に熱が集まるのを感じた。
元々そんなに生徒とは関わりがない自分だったが、こうも純粋に感謝をされるのは初めてだ。
なんだか調子が狂う。


「……君は、少し人を信じすぎじゃないか?」
「はは、そうですかね。ここに居るのが良い人ばかりだからでしょうか」
「能天気なんだね」
「よく言われます」


ほんの少しの嫌味を込めても、久々知はただからりと笑うだけ。
その飄々としたところもなんとなく土井に似ている。
それが、なんだか妙に。


「じゃあ、もしも今ここで私が君を殺そうとしたらどうするの」


腹立たしくて。

一瞬だけ殺気を久々知に向けると、久々知はぴたりと立ち止まる。
少し脅かしすぎたか、と感情のままに動いたことをすぐさま後悔するも、時すでに遅し。
俯いたまま動かない久々知に、尊奈門は慌てて近寄った。


「あの、今のはじょうだん、」
「いえ――それなら、こちらも手加減はしませんよ?」
「っ」


久々知の肩に触れた途端、手首を掴まれてにこりと微笑まれる。
見かけによらず強い力と圧力に、はたと思い当たる節があった。
最初に自分に向けて手裏剣を打った時の、あの精度と速さ。
組頭と戦った時には見せなかった手の内。
……なるほど、彼は優秀だ。


「組頭がここの生徒を気に入る理由が、少し分かった気がするよ」
「? そうですか」
「ここの子は面白いね」


手を放してきょとんと首を傾げる久々知に、尊奈門は苦笑する。
一瞬だけ自分に向けたあの眼は、人を殺したことのある目だ。
きっと先程のようなことになれば、彼は躊躇いなく自分を殺そうとするのだろう。
そこに圧倒的な実力があったとしても。
曲がりなりにも尊奈門だってプロだ。たまごには負けない自信がある。
それでもこの子は、臆することなく向かってくるのだろう。
この大きな眼に、あの光を宿して。


「諸泉さん?」
「……あ、うん」
「職員室に着きましたよ」
「うん、ありがとう。君も用事があるんだろう、行っておいで」


すみません、と微笑む久々知からは、先程の様子は微塵も感じられない。
隠すのが随分と上手い子なんだなあと感心する。
この時点で既に、尊奈門は落ちていたのかもしれない。


「諸泉さん、私の用事は終わりましたのでどうぞ。ああ、ほどほどにお願いしますね」


どこか楽しそうなこの子の笑みに、可愛い、と思ってしまうなんて。


(嘘だろう……!)


気付いた時にはもう。


「では、私はこれで」
「あ……あの、久々知くん」
「はい?」
「……また、来てもいいかな」


一度瞬いた久々知は、にっこりと極上の笑顔を乗せて。


「もちろん」


熱さで身体が溶けてしまいそうだ。







おまけ

「良い子だろう、あの子は」
「なんっ!?
(見られてた……!)」
「でも、うちの子に近づくのは、私を倒してからだぞ」
「(しかも親馬鹿!)」










――
ふっと湧いて出た勢いで書いたしょせんさん→くくち。
いつもと違うテイストで書くの楽しかった。
しかし尊奈門の性格はこれであっているのかどうか……。滅多に書かん子は難しいね。

ではでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。


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