言の葉

*怪我、流血表現





言葉ってのは、思いを込めれば込めるだけ、相手に伝わるものなんだよ。
そして、それだけ自分にも返ってくる。
愛しいと言えば言うだけ、愛しいと思うようになる。
嫌いだと言えば言うだけ、嫌いだと思うようになる。
言葉には力があるんだよ。
だから、言葉は正しく使わなければならないんだ。

人をからかって遊んでいた私に、生真面目に忠告してくれた友人の言葉を思い出す。
あの時はきちんと聞きもしなかったけれど。
あの時にきちんと聞いていれば、こんなことにはならなかったのかな。







言の葉







雷蔵と喧嘩した。
下級生のようなかわいいものではなく、本気で殴り合いの喧嘩をした。
原因は、今となってはどうでもいいほど些細なこと。
だけどその時は無性にイライラして、言ってはならないことを言ってしまった。


「もう、顔も見たくない!」


そう言って、雷蔵の変装を取った。
雷蔵の傷ついた顔は今でも頭から離れない。

それから数日は全く会話もせずに、部屋にも帰らずに過ごした。
雷蔵の変装は一度もしていない。
勘右衛門とか八左ヱ門、それから兵助も心配して私のところに来てくれたけど、誰とも話したくなくて子どもみたいに追い払った。
意地を張って、子どもみたいな自分が情けなくて。

そんな心境の中で、実習が行われた。


「……今回は私が前に出る」


雷蔵と一緒の陣営にいられなかった。
……いたくなかった。


「はあ? そんなん、大将どうすんだよ」
「八左ヱ門! お前出来るだろう。委員長代理やってんだから」
「は!? おいおいおい無茶を言うな! 俺にお前や兵助みたいなスキルはない!」
「大丈夫だ。頼んだぞ」
「ちょっ、三郎!」


クラスメートの意見も八左ヱ門の止める声も全て無視して、私は前線へ躍り出る。
実習の内容はある城の密書を奪うこと。
攪乱は得意中の得意だ。
組だけでの実習は大抵前に出ず指揮に回るのだが、今回はただ暴れたかった。
自棄になっていた。

だから、気づかなかったんだろう。


「三郎!」


雷蔵の必死な声に振り向くと、視界の端に血が散った。


「……え」


呆然とする私の目の前で、雷蔵が崩れ落ちる。
目の前の敵が持っている刀。
――それについている、血は。


「……ぁ、」


倒れた雷蔵から血が流れ出した。
真っ赤な、血。
どうして。
血。
雷蔵。
赤い。
雷蔵から血が。
どうしてここに雷蔵が。
血が。
なんで雷蔵が倒れている。
誰がやった。
赤い。
誰が。
血。

雷蔵が、斬られた。


「ああああああああっ!!」


それからの記憶はひどく曖昧で、ただなんとなく、雷蔵を斬った男とか、他の戦っていた奴らとかに襲い掛かったのは覚えている。
たぶん、他の、友人たちにも。


「三郎! 落ち着け!」


気付いた時には、私は医務室で六年生に抑え込まれていて。
その傍らに、眠るように目を閉じた雷蔵がいた。


「ら、いぞう……」
「……雷蔵は死んでない。三郎、今までのことは覚えているかい」
「……雷蔵……」
「雷蔵は生きているよ。心配ない」


淡々と言う伊作先輩の声も耳に入らず、私はただ茫然と雷蔵を見ていた。


「ろ組の生徒は?」
「他の部屋で左近達に手当てしてもらってる」
「……八左ヱ門が、私達が着くまでずっと三郎の相手をしていたみたいでな」
「ああ、それで怪我が一番ひどかったんだ。致命傷は無かったから大丈夫、数馬が今手当てしてるよ」
「そうか」
「い組の連中は?」
「今ろ組の先生が呼びに行ってる。い組も別の実習だったらしい」
「……間が悪かったな」
「本当に。……下級生には?」
「まだバレていない。三郎と雷蔵のこんな姿、見せられないしな」


一向に目を開ける気配のない雷蔵に、私はただ後悔が渦巻いていた。
私があんなことを言ったから、雷蔵はこんなことになってしまったのではないか。
雷蔵が今こんな状態なのは、私のせいなのではないか。
『顔も見たくない』なんて、言ってしまったから。


「失礼します」
「失礼します。 伊作先輩、雷蔵は?」
「やっと落ち着いたよ。……止血だけでもしてくれてたら、もう目を覚ましていたと思うんだけど」
「…………」
「兵助、」
「ちょ、」
「おい、久々知」


ぱん! と乾いた音が医務室に響き渡った。
頬が熱くなったので、叩かれたのだろう。
驚いて前を見ると、怖いほど無表情の兵助が私の胸倉を掴んだ。


「鉢屋三郎」


凍てつくような冷たい声。
背筋が冷えた。


「お前は、何をしている」
「…………」
「さっき八左ヱ門に聞いてきたが。お前は雷蔵と喧嘩しているという理由だけで突然策を変更し、雷蔵に庇われ、自我を失い、仲間にも襲い掛かったそうだな」
「…………」
「挙句の果てに怪我をした雷蔵をそのまま放置か」


兵助の目が恐ろしかった。


「私情で動く長がどこにいる」
「……へ、いすけ」
「ふざけるのも大概にしろ」


こういう時の兵助の言葉は、いつも、重い。
兵助に叱られて、私は自分の失態をようやく理解した。


「……すまない」
「俺に言うな」
「……すみませんでした」
「、正気に戻ったか」
「……はい」
「はあ、良かったー。兵助超怖いからびっくりしたよもう!」
「ごめん。あまりにも三郎がムカついて」
「すごいな久々知、まさか殴るとは思わなかった」
「ええ、まあ」


微苦笑して曖昧に返す兵助に、六年生と勘右衛門の視線は私に向く。
こうやって兵助に叱られることは今回が初めてではない。
雷蔵絡みじゃなくても、他の仲間が傷つけられたり血の臭いに酔ったりして正気に戻されることは度々あった。
無言で目を逸らした私に、伊作先輩が苦笑して溜息をつく。


「……まあ、正気に戻ったのならいいよ。三郎も少し休んだ方がいい。顔色が悪いよ」
「……いえ。雷蔵が起きるまでは」
「起きてるなら八左ヱ門達に謝りにでも行ってこい」
「兵助は辛辣だね」
「むしろ三郎に優しくする理由が見当たりません」
「さすが、先輩方も躊躇うほど悲愴な顔してた三郎を引っ叩くだけのことはあるよね」
「うっさいなあ……ほら三郎、行くぞ」
「え?」
「謝るんだろうが。俺も他の連中の怪我の具合とか見に行かないと」


当たり前だろう、という顔をする兵助。
こういう時、自分と兵助の長としての差を感じる。
五年にもなると、長、リーダーとしての素質は自然と身につくようになる。
勘右衛門も私も学級委員長だし、八左ヱ門も委員長代理をしているし、雷蔵だって状況を読んで指示を出すことは得意だ。
だけど長としての自覚や責任、それから、仲間を思いやる気持ちと見捨てる覚悟。
そういうものが出来ているのはおそらく兵助だけだと思う。
実際に見捨てる選択を、兵助が選んだことはないけれど。


「……ありがとう、兵助」
「お礼は雷蔵の意識が戻ってからたっぷりしてもらうよ。じゃあ勘右衛門、後は頼んだ」
「はーい。いってらっしゃい」


ぱたんと閉じた医務室から「あの三郎が素直にお礼言った!」「明日は雨だな……」「しかしさっきの久々知怖かったな」「仙蔵みたいだった」「私か、まあ悪い気はしないが」「仙蔵って兵助気に入ってるよな」なんて会話が聞こえてくる。
兵助がそれに笑って、音も立てずに廊下を歩く。
兵助の背中はいつも真っ直ぐ伸びている。


「ばーか」
「……言い返す言葉もない」
「言い返してたらもう一発殴るところだ」
「ですよね……」
「雷蔵が起きた時に言う言葉、考えとけよ」
「…………」


黙り込んだ私に、兵助は少し笑って背中をぱしんと叩いた。
背筋が伸びる。


「雷蔵は絶対目を覚ます。お前が雷蔵に何を言ったのか知らないけど、反省は雷蔵が起きてから雷蔵としろ。後悔したって言ったこともやったことも取り消しになるわけじゃない」
「……兵助って、こういう時凄く男前だよな」
「……なんだいきなり、照れる」
「その割に全く顔赤くないですが」
「本音を言うと、三郎が褒めるとちょっと気持ち悪い」
「それは言わないでほしかった」


お陰で少し元気が出た。
そうだよな、雷蔵は絶対に目を覚ます。
私が信じないと。




***




「三郎! 久々知!」


ろ組の連中にひたすら頭を下げて、一番重傷だった八左ヱ門にはしこたま頭を叩かれて。
それでもなんとかお許しを頂いて、兵助と一緒に医務室へ戻っていたところだった。
焦ったような食満先輩の様子に、嫌な予感が胸を占める。


「雷蔵の容態が急変した! 早く医務室に!」
「、三郎! ぼうっとしてる場合じゃない!」
「あ、ああ……!」


兵助に腕を引っ張られて、慌ててもつれそうになる足を動かす。
頭が真っ白になった。
ああ、私はどうして雷蔵にあんなことを言ってしまったんだろう。


「雷蔵! 戻って来い!」
「雷蔵! おい! ふざけんなよ!」
「くそ……っ、雷蔵! 頼むから!」


医務室には勘右衛門の泣きそうな声と、中在家先輩や他の先輩達の怒鳴り声が響いていた。
動じない兵助に半ば引きずられるようにしてその輪に加わる。

雷蔵の顔は真っ白だった。


「っ……」
「雷蔵! 目を覚ませ!」
「起きてよ、雷蔵!」
「雷蔵! 生きろ!」


叫びたいのに、声が出ない。
雷蔵が、どんどん遠くに行ってしまう気がして。
どうしようもなく怖くて、のどがひりついた。


「言葉には力がある!」
「っ!」


どうしようもない私の背中を、兵助がばしんと叩いた。
それに押されるように声を出す。


「っ雷蔵! 私はまだ君に謝ってない!」


雷蔵の手を握る。


「あれが最後の会話だなんて認めない! 君がこのまま目を覚まさないつもりなら、私はどこまでも君を追いかけるぞ!」


雷蔵。
雷蔵。


「不破雷蔵いるところ鉢屋三郎ありなんだ! 君がいないと私は生きていけない!」


謝るから。
だから。


「私を置いて行かないでくれ!」


目を覚まして。










「……さぶ、ろ……」
「!」


しっかりと、握り返された手。
ゆっくりと目を開いた雷蔵は、私を見てふわりと微笑んだ。










「で、仲直りしたわけ?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「……おかけしました」
「雷蔵と八左ヱ門の調子は?」
「良好です。まだ出歩くことは出来ませんけど。今は勘右衛門が世話してる頃かと」
「そりゃ良かった」


委員長会議の場には、兵助に引きずられてきた。
先輩方にもきちんと謝罪と礼を述べろ、と兵助に言われたからだ。
もちろん私もきちんと言わないと、とは、思っていたけど。


「しかし、三郎のあの言葉はすごかったよなー」
「恋人のようだったよなあ」
「いつもあんな感じなのか?」
「そうですね。仲直りしてから更に拍車をかけてます」
「うわ……」
「先輩凄い顔になってますよ。正直ですね」
「お前は冷静だなあ」


楽しそうな先輩方に、兵助もニコニコと笑う。


「まあ、その方がこいつらしいですし。あんななよっとした三郎は気持ち悪くて」
「兵助ひどい!」
「「確かに!」」
「先輩方まで!」


長閑な昼下がりに、朗らかな笑い声が響く。



たくさん心配も迷惑もかけて、たくさん失敗して。
自分の未熟さも、友人達の強さも知って。
目まぐるしいほどにいろんなことを一気に教わったけれど。

今でも思い出せる、あの日の先輩方の青ざめた顔と、勘右衛門の悲愴な顔、八左ヱ門の悲しそうな顔、兵助の怒った顔。
雷蔵の真っ白な顔。

あんなものは、もう二度と見たくないと思うから。


「兵助」


言葉ってのは、思いを込めれば込めるだけ、相手に伝わるもんなんだよ。
そして、自分にも返ってくる。
愛しいと言えば言うだけ、愛しいと思うようになる。
嫌いだと言えば言うだけ、嫌いだと思うようになる。
言葉には力があるんだよ。
だから、言葉は正しく使わなければならないんだ。


「なに?」


あの時忠告してくれたお前のお陰で、私は今ここで笑っていられる。
雷蔵が生きている。
全部、お前のお陰だ。


「本当にありがとう」


だから、もう間違えないよ。








――
いつもより行間多めにしてみたけど、どうだろう、読み辛かったら申し訳ない。
でも錯乱と兵助が三郎引っ叩くところと三郎が雷蔵呼び戻すところはすごく書いてて楽しかったです。
しかし、気づけば六年書いてるな。

では。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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