君がため




どうしてこうなったんだろう……。

平太はがっしりと両隣を固めている先輩二人を恐る恐る見上げて青ざめた。
犬猿コンビと呼ばれる、いつも喧嘩している印象のある二人。
いや、片方は自分の委員会の先輩だし、そう怖がることもないのだが……いややっぱりもう一人といる時の先輩はちょっと怖い。


「すまんな平太。もう少し辛抱してくれ」
「へっ!?」
「おい急に声かけんじゃねっ……。……平太が驚くだろうが」
「…………すまん」
「えっ、い、いいいえ!」


なにこの二人怖いっていうか気持ち悪い。
平太はちょっと町へ買い物に来ていただけだ。一人で。

そう、一人で。

ちょっと団子屋で休憩していたところに、この二人がやってきたのだ。
理由は分からない。分からないが、そっぽを向きつつも同じ方向に歩いてきた二人は、平太を見つけると明るい顔になって両隣に座った。
正直自分を見つけた時の笑顔が今までで一番怖かった。


「……しっかしおっせえな、あいつ」


ぽつりと文次郎が呟く。
どうやら誰かを待っているらしい。益々自分のいる意味が分からない。帰りたい。


「あっ、そうだ平太、なんか食うか? 奢るぞ」
「えっ、いや、でも」
「おお、ここは豆腐団子がうまいんだよ」
「と、豆腐ですか?」


某先輩じゃあるまいし。
意外そうに眼を瞬かせる平太に、文次郎と留三郎はハッとしたように慌てだす。


「ああああいやいや違う! 別に久々知のために調べたとかそういうわけじゃなくてだな!」
「そっ、そうだぞ平太! ここに豆腐団子があることを知ってるのはたまたまだ! 断じて久々知は関係ないからな!」
「え……は、はあ……」


今全部自分達で言っちゃったような……と冷静に思いつつも、何も言わないでおく。
大人な一年生だ。
この二人と兵助になんの関わりがあるのか、ということはあまり深く考えないでおいた。
賢明な判断だ。


「あっれえ、先輩方なにしてるんですか?」
「「げ」」
「……尾浜先輩、ですか?」
「あら平太じゃない! 三人で出かけるなんて珍しいですねえ」


にこやかに声をかけてきた勘右衛門は何故か女装していた。
愛嬌ある顔立ちと笑みを絶やさない勘右衛門の女装は意外と可愛らしく、チラチラと視線を送る男もいる。
対して声をかけられた男二人は、物凄く嫌そうに顔を歪めていたが。


「尾浜先輩、なにしてるんですか?」
「ん? ああ、五年は女装の実習中なんだよ。平太は?」
「あ、えっと……」
「平太は俺らと出かけてたんだよ」
「偶然! 校門で会ったからな」
「え……あ、はい……」


いけしゃあしゃあと巻き込まれた。言い返すとあとがめんどくさいので黙っておく。
平太は意外としたたかである。
しかしそんな嘘も勘右衛門にはお見通しのようで。


「先輩方、おれにも団子奢って下さいね?」
「「はっ!?」」
「おーい、おくくー! 先輩達いたよ! こっちこっち!」


勘右衛門はにたりと笑うと、二人が何かを言う前にくるりと振り返って同輩の名前を呼ぶ。
その名前に、抗議をしていた二人はぴたりと黙り込む。
分かりやすい人達だ。


「おくくって、久々知先輩ですか……?」
「そうだよ。あ、平太はおくく姉さんって呼ぶんだよ? おれのことは勘子姉さんね!」
「は、はい……」


何故姉さん。とは思いつつ、頷く。
勘右衛門は犬猿先輩よりなんか怖い。


「勘ちゃん、もう、早いよ!」


勘右衛門に文句を言いつつやってきた兵助の姿を認めて、平太はハッと息を呑んだ。
元々整った顔立ちの先輩だと思っていたけど、髪を下ろして化粧をすると本当に美人だ。
仙蔵の女装ほど凛としておらず、少女特有の可愛さも持っているような。
視線を送るだけでなく、振り返る男も数知れず。
そして見惚れていたのは平太だけではない。


「ごめーんおくく、ほんとに先輩達がいるとは思わなくってえ」
「もう……あれ、平太もいるの? 珍しい組み合わせですね」
「「…………」」
「ん? あれ、せんぱーい?」
「先輩? どうしたんですか?」
「……あー、だめだ、おくくに見惚れちゃってるわこれ」


呆れたような勘右衛門の言葉に、兵助は困ったように笑う。
先輩達が待っていたのは久々知先輩だったのか、と今更ながら思った。


「まあいいや、平太、なんか食べた? 注文しちゃおう」
「ここは豆腐団子が美味しいんだよー。食べてみない?」
「潮江先輩にもおすすめされました〜。くくちせ……おくく姉さんのおすすめなら間違いないですねえ」


平太の呼び方に、兵助はちらりと隣の勘右衛門を見るが、何も言わない。
五年も一緒にいるとお互いの考え方も分かるのだろうか。
それにしても、犬猿先輩はいつまで固まっているんだろう。

――なんて、三人でお品書きを見ていると。


「おい、そこの美人なお嬢ちゃんたち、こっちで俺らの相手してくんねえか?」
「ひひっ、いいねえ。美人にお酌してもらえたら酒も進まあ」


ひひっなんて笑い方をする奴と、昼間っから酒を浴びるように飲んでいる奴にろくなもんはいねえ。
普段の二人なら速攻で手を捻るところだが、ここは店の前で人通りもそこそこある。女性二人が大立ち回りなんて、目立つことは出来れば避けたい。
店に迷惑をかけるのも避けたい、と視線の端でおろおろしている初老の店主をとらえる。
簡単に引き下がってくれれば良いのだが。
そっと平太を背に庇いつつ、二人は淡い笑みを浮かべた。


「すみません、私達連れがいますので……」
「弟もいますし、そういうのはちょっと」


ここで素直に納得するような輩なら、きっと最初から声はかけていない。
案の定、男達は不機嫌な表情で立ち上がった。
大きな音に平太が身を竦ませる。


「あん?」
「いいから酌しろってんだよ!」
「ひっ!」


そう大声で喚きながら、手前にいた兵助の腕を掴みかけた……その時だ。
がし、と二人の手を掴む者がいた。


「「俺の女に手ェ出してんじゃねえよ」」


暫く放置されていた文次郎と留三郎がようやく復活した。


「「ひいっ!」」


変な音が鳴りだす自分の手首と形相に男達は竦み上がる。


「しかも後輩まで怖がらせやがって……」
「分かってんだろうなァ?」
「「す……すみませんでしたあああ!!!」」


必死に手を振りほどき、男達は店を出て行った。
暴れて店に被害を出すでもなく(一応)口だけで退治した二人に、終始見守っていた店主や他の客から拍手が送られる。
最初のセリフが強烈だったせいか、「あんたら本物の男だよ!」なんて声も混ざる。
しかしそんな周囲には見向きもせず、文次郎と留三郎は「女」に顔を向けた。


「くくっ……おくく! 無事か!?」
「平太と勘子も!」
「うわ、ついで臭がすごい」
「大丈夫です……」
「えっと……ありがとうございました」


白けた目を向ける勘右衛門と平太。兵助は苦笑しつつも頭を下げた。
途端に犬猿は破顔する。


「いや、気にするな。お前が無事でなによりだ」
「ああ、……あと、これって喧嘩にならねえよな?」
「……まあ、そうですね。私も助かりましたし」


兵助の言葉にあからさまにほっとする犬猿に、平太は首を傾げる。
そういえば今日は珍しく喧嘩をしていないような?
平太の様子に気づいたのか、勘右衛門がにししと笑って頭を撫でた。


「おくくがさ、先輩達が一週間喧嘩しなかったらデートするって約束しちゃったんだって。先輩達も変なところで真面目だから律儀に守ってるらしいよ」
「……先輩方は、おくく姉さんを好いているのですか?」


周りの人が聞けば、単に姉を好きなのかどうか訊く弟の言葉にしか聞こえないだろう。
しかし平太は、「おくく」ではなく「久々知兵助」を好きなのかという意味で訊ねた。
きちんとそれを理解した勘右衛門は、聡い子だなあ、と感心しつつも柔らかく微笑む。


「……そうだよ。だけど、人を好きになることは悪いことじゃない。ほら、三人とも楽しそうだろう?」


促されて見た三人は、団子を食べながらケラケラと笑い合っていて。
さっきまで自分を挟んで物々しい空気を醸し出していた二人も、兵助といる時はあんなに楽しそうに、優しそうに笑うのか、と。
そうか。人を好きになることは悪いことじゃないんだ。女だとか男だとか、そんなものは関係ないんだ。
それに気づくと、なんだか嬉しくなって。


「勘子姉さん、この三色団子も頼みましょう……」
「おっ、いいねえ!」
「あんまり食べすぎるなよ? 晩飯食えなくなるぞ」
「あと俺らの金だからな。ちったあ遠慮してくれ」
「あ、先輩、もう一串豆腐団子頼んでもいいですか?」
「「勿論構わねえよ」」
「えこひいきだ……」
「そーだそーだ! おくくだけずるい!」
「うっ……ああもう仕方ねえなあ!」
「はあ……またきり丸にアルバイト手伝わせてもらおう……」


溜息をつく文次郎と留三郎に笑いつつ、平太と勘右衛門にウインクする兵助にまた笑って。
たくさん先輩に奢ってもらって、結局巻き込まれて良かったなあ、と思う平太だった。


(そういえば、久々知先輩はどっちの先輩が好きなんだろう……?)


そんな疑問が浮かぶのは、もっともっと後のこと。









――
以前書いた「届かない」の続きのようなそうでないような。
先輩を茶化す勘右衛門が思いのほか楽しかった。
あと何気に初書きの平太。平太結構好きなんですけど、果たしてキャラは合っているのだろうか。あんまり書かん子は難しいですね。
うちは低学年あんまり出ないからもっと書きたいのですが。
まあ、それはさておき。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


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