追って追われて



意味の分からない方向から飛んでくる手裏剣を可能な限り避けつつ、どうにか突破口がないかと思考を巡らせる。
――と、背後にあった気配が消えた。瞬間目の前に現れるその気配に舌打ちをして、苦無を持ちあげる。
みしり、と嫌な音がした。






追って追われて






朝日が昇り、五年対六年の夜間実習がようやく終わった。
夜間ってだけでも疲れるのに先輩と戦うとかほんと、下手したら始まったと同時に終わるからね。
あの六人と鉢合わなかっただけ今回は運が良かったと思う。

「おー、勘右衛門おつかれー」
「うわ、八左ヱ門どうしたよ、大草原が密林になってんぞ」
「うるせー」

学園に戻る途中で再会した八左ヱ門は、ただでさえぼさぼさの髪に葉っぱやら木の枝やらをたくさんくっつけていた。
食満先輩と遭遇したんだよ……とさめざめ泣く八左ヱ門の葉っぱを取りつつ歩く。
虫と目が合って手を下ろしたところで、三郎と雷蔵とも再会した。

「あ、二人ともお疲れ!」
「雷蔵もお疲れー!」
「…………」
「……なんでそんな三郎は不機嫌なの」
「あー、立花先輩と遭遇したんだって」
「「なるほど」」

仲が悪いわけじゃない、というかむしろ他の六年生よりは仲がいい方だとは思っているけど、だからこそあの人達とは遭いたくないというか。
全力で追い掛け回され続けたトラウマ、というか。

「雷蔵は誰かに遭った?」
「伊作先輩に……」
「「ご愁傷様です……」」

伊作先輩は毒を使うしああ見えて体術も得意なので、あの六人の中で遭いたくない先輩第二位だ。
当然ながら堂々の第一位は七松先輩。
あの人に対してトラウマを持っている五年は決して少なくない。しかも自覚がないので更に厄介。

雷蔵に対して手を合わせて、怒られて、なんてふざけつつ学園へ歩くが、いつもならとっくに合流しているはずのもう一人がまだ現れない。
今回リタイアした生徒はいなかったのでこの山のどこかにはいるはずなのだけど。

「おーい、へーすけー!」
「へーすけー!」
「へーすけやーい!」
「とーふこぞー!」
「珍しいな、兵助が迷子なんて」
「や、迷子ではないだろ」
「へーすけさーん!」
「いけいけどんどーん!!」
「「ぎゃああああ!!」」

何もない茂みから突然七松先輩が現れた。
本当この人と夜中の潮江先輩は心臓に悪いと思う……!
先輩はおれ達の悲鳴でようやくおれ達に気づいたようで、茂みの中に「いたぞー!」と声をかけた。
マイペースだな! というツッコミは心の中だけにとどめておく。
そして先輩の声に対してやってきたのは。

「おお、本当だー!」
「すげえ、四人ともいる!」
「まじかよ! すごいなお前ら……」
「……本当に仲良しだな」
「センサーでもついてるんじゃないのか?」

案の定、噂の六人衆だった。
おれ達を見て驚いていたり、呆れるように笑っていたり。
何かは分からないが、取り敢えず第二ラウンドに誘われたら逃げよう、と四人でアイコンタクトを交わしていると、潮江先輩の背中からひょこっと探していた顔が現れた。

「お前ら、山ん中で人の名前呼ぶのやめてくんない……? めちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど……!」
「「わ! へ、兵助!?」」
「豆腐小僧って言ったの三郎だろ……、良かったな、先輩方に大うけだったよ……!」
「そ、それはなによりだ……」

ぼろ雑巾みたいな兵助は、凄い顔で三郎を睨んでいる。
目力がいつもの二倍くらいある気がする。
三郎に穴開くんじゃないか、目力で。
そんな二人を見て、食満先輩が苦笑した。

「久々知はなあ、今回伊作の不運が伝染ったんだ」
「はあ……?」
「へ、兵助? なにがあったの?」
「…………ううう……雷蔵の、声が、優しくて泣きそう……!」
「そんなにひどかったのか実習!?」

八左ヱ門の言葉に、兵助は呻きながら潮江先輩の肩に頭を乗せた。
本当に泣いてるんじゃないかとわたわたと兵助の周りに集まる。

「……開始早々六人のフルコース受けて、二回目の潮江先輩と七松先輩との交戦中に落とし穴に落ちて足捻挫した……!」
「「うわあ……!」」

不運だ、不運としか言いようがない。
一人遭うだけでも運が悪いと言われているのに六人全員、しかもその後また、しかもあの七松先輩と遭うなんて。
普通なら七松先輩と二度目の遭遇をした時点で心が折れている。

「……まあ、それで背負って帰ってきたはいいが、久々知が五年シックになってな」
「こっちに四人がいる! っていうから来てみたんだ、そしたらほんとにお前らいるんだもんなあ」
「兵助……!」
「頑張ったな兵助……!」
「よく夜明けまで耐えた……!」
「それでこんなVIP待遇受けてたんだな……」
「……三回も走馬灯見るVIP待遇なんて」

涙目になった兵助は、潮江先輩の肩に頭を押し付けてみぞおちのあたりを手で抑えた。
そこをやられて走馬灯を見て、それでも意識を手放さなかった兵助をおれは尊敬する。
ていうかどんだけハードだよフルコース! おっそろしい!

「まあまあ、医務室経由で長屋までVIP待遇してやるからそんな落ち込むなって」
「先輩、この顔は落ち込んでるんじゃなくて辛いことを思い出してる時の顔です」
「兵助大丈夫か……! なにされたこの人達に!」
「……いや……俺の口からじゃとても……」
「「ほんとなにされたお前!!」」

何かを耐えている表情のまま顔を背ける兵助に、七松先輩があっはっはなんか悪いことしたなー! と笑った。他の先輩達は不自然に目を逸らす。
あ、これまた七松先輩か、と察して、とりあえず兵助の頭を撫でておいた。
兵助が本当に泣きそうだ。

「でも、そんな不運でよくリタイアしなかったね?」
「まあ、フルコース受けてからは体力回復も兼ねてほとんど隠れてたし……あああああああの時七松先輩がいけどんって来なければ……! あれさえなければ潮江先輩に見つからずに済んだのに……!」
「く、久々知落ち着け! お前握力強いんだから俺の肩を握るな! 落ち着け! 小平太の動向を見切れなかったお前も悪い!」
「あんたらの動向なんて見切れるわけないでしょうが! 攻撃避けるだけでいっぱいいっぱいだわ!!」
「じゃあもう今回は運がなかったんだ諦めろ! そういう日もある!!」
「不運は善法寺先輩の専売特許でしょ!! 七松先輩は人間ですか!?」
「伊作の不運は伝染するんだ! 小平太は人間じゃない!!」
「いかん、怒りで我を失っている」
「あはは、二人とも失礼だなー」
「「や、お前が人間じゃないのは事実だ」」

同級生から見ても七松先輩は人間じゃないらしい。
確かになあ……、体力おばけだもんなあ……。
みしみしと悲鳴を上げている潮江先輩の肩の心配は誰もしていない。ていうかおれ以外に気づいてる人いるんだろうか。
と思っていたら、「痛えつってんだろ落とすぞ!」「ごめんなさい!」と口喧嘩の勢いのまま収拾した。
兵助と潮江先輩って実は仲良いよね?

「しっかし、なんでまた兵助にフルコースを?」
「三郎の時みたく悪戯の仕返しじゃないですよね」
「ああ、それはねえ」
「……もそ」

兵助は「わ! 久々知くんどうしたの!」とぎょっとする小松田さんに「VIP待遇です! 羨ましいでしょう!」と叫んでいた。もういろいろ吹っ切れたらしい。
そんな光景に笑いながら、中在家先輩がもそりと呟く。

「久々知が……実習で一番の成績だったと聞いてな」
「実習……ああ、この前の、五年生の?」
「そうそう。しかも去年一番だった仙蔵の成績より上だったらしくてね」
「……力試し、という名の憂さ晴らしだ……」

フルコースは立花先輩の差し金だったのか。
そりゃあまた、先輩、嬉々として作戦立てたんだろうなあ。

「しかも予想以上の動きだったから、仙蔵に火がついちゃって」
「え……それは、つまり……」
「……つまり、次の実習でもフルコースの可能性が高い……」
「「…………」」
「……兵助って不運……!」
「ごめん兵助、これはフォローできない……!」

これは、兵助には言わない方がいいかな! と雷蔵と相談して、結局兵助には黙っていたのだけど。
後日、兵助が「先輩方がさあ、お前らともっと戦いたいっつってたから次の実習誰がフルコースでもおかしくないよ」となんでもない顔で言ってのけたので、「兵助の不運が伝染した!」とみんなで散々兵助をからかってやった。







――
おちなんてないのよ。
兵助をおんぶする文次郎と、六年に囲まれて「VIP待遇だよ!」とドヤ顔する兵助を受信しただけです。

ここまで読んでいただきありがとうございました!



修正 17.01.15


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