散って、また咲いて

*一年後、六年生卒業後
*メンタルの弱い滝夜叉丸、三木ヱ門、喜八郎





伊作先輩たちの代が卒業されて、ぼくらも無事に進級できた。
毎年のことながら新しい制服の色はなんだか違和感があって、ひとしきりみんなで似合う似合わないと言い合って。
上級生の仲間入りをしたんだなあと自覚もないまま漠然と思った。


伊作先輩は別の委員会に入っても良いと仰ってくれたけど、結局ぼくは去年と変わらず保健委員会に選ばれた。
左近も乱太郎も伏木蔵も一緒で、やっぱり不運なのかなあと思ったもんだ。
ただ、四年生では委員長代理にもなれないので、保健委員会には久々知先輩が火薬委員会と兼任して委員長になってくれた。
兼任って大変じゃないですかと心配したところ、
「火薬の子たちはしっかりしているし、お前達の技量も善法寺先輩からお墨付きをもらっているから大丈夫。辛くならないようにお前達を頼るよ。心配してくれてありがとう」
と四人まとめて抱き締められてしまった。
火薬委員会が仲良しな理由が垣間見えた気がする。

そしてその言葉通り、久々知先輩は実習で疲れている時なんかは委員会前にそのことを断ってから委員会を開始してくれた。
驚いたことに、その方が効率よく仕事が終わるのだ。
左近曰く「全員が先輩の分まで頑張ろうって思うから結果早く片付くらしいです……ぼくがそうなんじゃなくて、三郎次の受け売りですけど!」だそうだ、納得した。


去年まではあまり関わりのない先輩だったけど、久々知先輩は伊作先輩と同じくらい優しくて、思っていたよりも気さくな方だったので保健委員会ともすぐに馴染んだ。
仕事の終わった火薬委員会が医務室に来ることも多くなり、そのまま医務室に留まって勉強会や仕事の手伝いをしてくれることも多くなったので、火薬委員の面々とも仲良くなったように思う。伊助がよく掃除をしてくれるので以前よりも医務室が綺麗になった。
ぼくらも時々勉強を見て貰えるようになり、左近も乱太郎も伏木蔵も先生に褒められた! と喜んでいた。ぼくも同じく。
逆に、手当の仕方や薬草のある場所はぼくらが久々知先輩や火薬委員に教えた。
時には新野先生や土井先生も巻き込んで講義をすることもあって、今なら伊作先輩の助手としても役立てるほど知識も増えた。


そんなこんなで、新入生が加わっても保健委員会も火薬委員会もなんだかんだありつつ穏やかに過ごしている。
上級生になったことで去年よりも大変だと思うことも増えたけど、委員会中に愚痴を零すタカ丸さんとそれにいちいちツッコむ久々知先輩のやり取りを聞いていると自然ともやもや思うことも吹っ飛ぶのだ。
「あのやり取り聞いてると悩むのも馬鹿らしくなってくるんですよねー」とは伊助の談。





雲行きが怪しくなってきたのは、新入生が委員会に入って二週間ほど経ってからのことだった。
なんだかここ最近、怪我人が増えたように思う。
多いのは体育委員会と、会計委員会と、それからたまに作法委員会。
そしてそれに比例するように、同級生たちの愚痴も増えた。
内容はいつも同じ、一つ上の、委員長代理たちに対する不満だ。
五年生に進級した一つ上の先輩たちは、最近どこかピリピリしているように見える。
以前のようにグダグダと自分語りをしていた先輩方は鍛錬に明け暮れるようになったし、元からよく分からなかった天才トラパーは委員会に遅刻する頻度が増えたらしい。委員会の内容自体もむちゃくちゃなのだそう。
ちなみに用具委員会は、守一郎さんが用具委員長になって逆に下級生たちがしっかりしてきたのだとか。
「喜三太としんべヱが後輩を指導してた……!」と作兵衛が喜んでいた。


五年生への不満は他学年にも徐々に広がっているようで、なんとなく学園の居心地が悪い。
タカ丸さんも自分の同級生のことだからか、前のように気の抜ける笑みを見せることが減ったように思う。
久々知先輩たち六年生も、さりげなく様子を見に行ったり声をかけたりしているようだった。「どうにかしないとなあ」と話し込んでいた姿も何度も見た。


そんな折、事件は起こる。








この日は不運が重なり、昨日採ってきた薬草を乾燥させていると生物委員会が逃がした毒虫が医務室に侵入。
生物委員会がなかなか捕まえられず、薬草はどろどろのぐちゃぐちゃ。
結局毒虫はキレた久々知先輩が生物委員会と共に放り出したのだが、医務室の掃除は夜中までかかってしまった。
下級生は明日実習があるからと早々に帰し、今医務室にいるのは久々知先輩とタカ丸さんと僕だけだ。


「はあ〜、疲れたあ」
「ですねえ、ここまでの不運は久しぶりですよ……」
「二人ともお疲れ。八左ヱ門には今度団子でも奢らせような」
「えっ」
「いいねえ、あ、二つ目の四辻の角にあるお団子屋さん知ってる? 美味しいらしいよ〜」
「へえ、知らないなあ。数馬は知ってるか?」
「え、ああ、えっと、みたらし団子が美味しいですよ、去年藤内たちと行ったことがあって……」
「良い情報聞いた。保健委員と火薬委員の分奢らせてやろ」
「それくらいはしてもらわないとねー」


機嫌よくニコニコと笑う久々知先輩とタカ丸さん。
優しいお二人だけど、なかなか腹黒いところもあるようだ。
まあ迷惑をかけられたのは本当だし、庇うつもりはないけれど。


「久々知先輩!」


和やかな雰囲気が一変したのは、作兵衛と孫兵が泣きそうな顔で医務室に駆け込んできたからだった。
慌てる二人を先輩がなんとか落ち着かせて事情を聞き出すと、なんと五年生と四年生――つまりぼくらの友人たち――が乱闘を起こしているらしい。
堪忍袋の緒が切れたのかと冷静に頭の片隅で考えていると、久々知先輩が大きく溜息をついた。


「分かった、行こう。数馬、一応救急箱」
「あ、はいっ!」
「兵助くん、おれも行った方がいい?」
「あー、お前達三人は下級生たちが起きてないか見回りを頼む」
「「はいっ!」」


そうしてその場で三人と分かれ、ぼくと久々知先輩は五年生と四年生が乱闘している場所へ向かった。


「くそう、やっと一心地つけたばっかだってのに……!」


先輩、同感です。



***



光景が視界に入る前に、感じられたのは結構な量の殺気。
これ、上級生は起きちゃってるんじゃないだろうか。
そんな有様なので、先輩が珍しく青筋を額に浮かべている。
珍しくっていうか、ここまで激怒する先輩を見るのは初めてかもしれない。
昼間の比じゃない。


「兵助ー、これ、五年と四年?」
「お、尾浜先輩……!」
「らしい、孫兵と作兵衛が半泣きで医務室に来た」
「ありゃりゃ……これ、あの三人とこの後輩達大丈夫か?」
「竹谷先輩……!」
「三郎と雷蔵が先に行ってるから大丈夫だろ、たぶん」


ぼくと久々知先輩の両隣から現れた二人の先輩に驚いていたのはぼくだけで、二人の問いかけに久々知先輩が淡々と返していく。
鉢屋先輩と不破先輩いつ来たんだと思ったけど、後で聞くと医務室にいる時に二人から矢羽音が飛んできたらしい。全然気が付かなかった。


「わお、まーた派手にやってるねえ」
「下級生には見せられんなー」
「……困ったもんだな」
「そうですね……」


乱闘を起こしていたのは田村先輩と左門、滝夜叉丸と三之助、綾部先輩と藤内。
さすがに得意武器ではなく苦無同士の応戦だが、お互いあちこちにかすり傷が出来ているのは遠目に見ても分かった。

そしてそこからそんなに離れていない場所に、守一郎さんと鉢屋先輩、不破先輩、それぞれの後輩達。
六年生三人が苦笑する雰囲気が伝わってくる。


「数馬、前言撤回。団子はあいつらに奢らせよう」
「はい、ぼくも今そう言おうとしていました」


ぼくの言葉を聞いた先輩は僕ににこりと微笑むと「後輩達を帰してやっといてくれ」と一言言って、尾浜先輩と竹谷先輩を連れて三組の乱闘に突っ込んで行った。


そこからはあっという間。


ぼくが先輩達と一緒に怯える後輩達を宥めて部屋に送り届けている間に、久々知先輩達が五年生と四年生を医務室に担ぎ込んでいた。
ぼくが医務室に戻った瞬間、


「数馬、一番沁みる薬!」


と満面の笑みで言った久々知先輩と、恐怖の表情で固まる六人の姿は忘れないだろう。


「〜〜〜〜〜っ!!!」
「はい我慢我慢、自分で蒔いた種でしょうが」
「で、でも数馬、ぼくは先輩をなんとかしたくて……」
「問答無用!」
「ちょ、ま、心の準備がぎゃああああ!」
「ねえ、数馬兵助に似てきたんじゃない?」
「いやあ、あれは善法寺先輩じゃないか」


四年生の手当てを任されたぼくの後ろでは、久々知先輩が五年生の手当をしているのを待っている他の六年生達がこそこそと話し込んでいる。その隣には苦笑する作兵衛と孫兵、あとタカ丸さんに守一郎さん。
そんな騒がしいぼく達とは反対に、終始だんまりなのは久々知先輩に手当てをされている五年生の三人。
あんなに怒っていた久々知先輩が苦笑するほど三人の空気は重い。


「うわあ、あの中行くのやだなあ、おれ……」
「説教って柄じゃないもんなーおれら」
「でもほら、これも最上級生の務めだよ」
「……ま、こいつらのことはあの人達にも頼まれてるもんなー」


鉢屋先輩が「あの人達」と言うと、三人の肩が揺れる。
その様子に六年生は顔を見合わせて笑った。
その表情は今までの呆れや怒りを押し込めたようなものじゃなくて、下級生を見守るような暖かい笑み。
仕方ないなあ。呟いたのは誰だっただろう。


「……お前達はお前達なりにさ、卒業された先輩方に近づこうとしたんだよな」


竹谷先輩の言葉に、三人の瞳が揺れた。


「でも、どんなに頑張ったって追いつけなかったんだよなあ。そりゃそうだよ、おれ達だって結局追いつけなかったんだもん」


尾浜先輩の茶化すような言葉に、六年生が笑う。


「だからさ、もう少しゆっくり頑張ってご覧よ。君たちが守るのは、君たちの記憶でも矜持でも、ましてや先輩の影でもないだろう?」


ゆったりと言った不破先輩の言葉に、三人は俯いた。
……暫くして、絞り出すような声で呟いたのは田村先輩だった。


「……では、先輩方は、あの人達を忘れろと仰るのですか」
「ッ違うでしょ! 先輩方は――」
「まあまあまあ、落ち着いて左門」


思わず立ち上がった左門を、尾浜先輩がぽんぽんと宥める。
でも、俯いたままの田村先輩は何も言わない。
先輩達だって、久々知先輩達が何を言いたいのかなんて分かっているのだろう。きっと、受け入れたくないんだ。


「まあ、そう取られても仕方ないけどな。実際、それで割り切れないのなら忘れるしかない」
「っ!」
「先輩方が今のお前らを見たら嘆くだろうよ」


冷たく言い放つ鉢屋先輩に、三人は思わず顔を上げる。
「三郎のあほ!」という尾浜先輩と竹谷先輩のジェスチャーは、六年生とぼくらにだけ見えた。
それに吹き出しそうになりつつ、久々知先輩が穏やかな声音で言葉を繋ぐ。


「先輩のようになりたい、とその背を追うことは悪いことじゃない。だけど、お前達の見ていた背中は、後輩達にあんな怪我を負わせたか? 同輩達にあんな顔をさせたか?」


やっと先輩達がぼくらの方を見た。
三人はさっきまで戦っていた左門、三之助、藤内に付けた傷を見て、心配そうな顔のタカ丸さんと守一郎さんを見て、ようやく表情を歪める。
泣き出しそうな先輩達の背中を押すように、久々知先輩がゆっくり言った。


「お前達はお前達らしくあればいい――お前達の先輩は、そう言ったはずだよ」


その言葉は水のように先輩達の心に沁みこんで、――やがて、三人の先輩達は呻くように嗚咽を漏らし始める。
そんな三人に真っ先に駆け寄ったのは、左門、三之助、藤内だった。


ぼく達はそんな光景を見て、こっそり苦笑を零し合った。
まったく、いつまでたっても騒がしい先輩達なんだから。









「「ほんっとにご迷惑をおかけしました!」」
「すみませんでしたー」


晴れた日の午後、気持ちいいくらいの青空の下では三人の藍色が医務室の前で土下座していた。
三人の前にはあの夜医務室にいたメンバー。表情はそれぞれ、苦笑していたり笑っていたり。
ただ、空気はどこか優しかった。


「本当に、どうお詫びしたらいいか……! 特に先輩方には、本来ならわたし達が先輩方を支える役目であるはずなのに……!」
「あー、いいっていいって、まだ進級したばっかなんだしさあ」
「そーそー、それにわたしたち、あの人達ほどカリスマ性ないし、仕方ないさ」
「「確かに!」」


深々と頭を下げる五年生に、六年生はあっけらかんとそう言って笑う。
面白い人たちだ。


「で、でも、多大なご迷惑を……!」
「あ、カリスマ性ないってとこは否定しないんだ」
「「いえ、そんなことは!」」
「あははは! うそうそ!」


ケラケラ笑う六年生に、五年生は困ったように眉を下げる。
凄い、この人達をからかった挙句黙らせられるとは。
そんな困った様子の五年生を見て、小首を傾げたのは久々知先輩。


「というか、おれ達より後輩達にはちゃんと謝ったのか? 結構怯えてたようだったけど」
「あ、そこはご心配なく!」
「あの次の日に謝りに行きました!」
「ぼくらも行ったので本当ですよ!」
「おー、おれらよりしっかりしてんなあ、四年生」


左門と三之助、藤内の言葉に竹谷先輩が感心した声を上げる。
あんまり関わりのない先輩に褒められたからか、三人は照れたように身を捩った。


「じゃあ……どうする?」


不破先輩の言葉に、六年生は沈黙する。
いや、ひゅんひゅんという音が聞こえるのでおそらく矢羽音でなにかやり取りをしているのだろう。
暫く表情を崩すことなく話していた先輩方だったが、不意に尾浜先輩が吹き出した。


「ぶっ、へーすけ、それ、最高……!」
「だろ? おれらも食べたかったし」
「確かに、そういうのの方がわたしたちらしいかもな」
「ふふ、そうだね。じゃあ準備しなくちゃ」
「よし! ――じゃあ五年生!」
「「はいっ!」」


きょとんとしているぼくたちを放置したまま、竹谷先輩が五年生に声をかける。
途端に背筋を伸ばした五年生に、六年生はにぃっと笑った。


「今から二つ目の四辻の角にある団子屋さんで全校生徒分のみたらし団子を買ってくること!」
「あ、お金は学級委員長委員会持ちだから心配すんなよー」
「学級は学園長先生のポケットマネー持ってるからね、こういう時に使わないと!」
「えっ?」
「それって……」
「よし! タカ丸と守一郎、それから四年生で会場の準備するぞ!」
「これからお花見じゃああ!」
「「おおーっ!!」」
「「…………!」」


俄然テンションの上がるみんなと一緒に笑いながら、ぼくは内心舌を巻く。
なるほど、こうして全員を巻き込むなんて確かにこの人達の学年らしい。
五年生が買ってきてくれたのだと知れば、この人達の評判も上がるはずだ。

確かに去年の六年生と比べると、今年の六年生は地味に見えるかもしれない。
だけど、それはつまり穏やかな人達だということで。
去年の六年生とはまた別のやり方で、去年の六年生と同じように学園をまとめてくれるのだろう。

今回のように、この人達らしいやり方で。








――
時期外れにも程がある卒業後ネタ。いや、卒業ネタじゃないから時期外れではないか……?
なんか書きたかったとこ全部削ったような……五人が三人に言い聞かせるところが全てだった気がしないでもない。まあいいか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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