豆腐のような





背後で爆発音が響く。同時に、前を走っていた久々知が人馬の構えを取った。
躊躇いなく屋根へ乗り上がり、忍刀を使って久々知を引き上げる。

気付く者もおらず、追ってくる者もおらず。
俺達はそのまま闇へ消え、無事に忍務を完了した。




***




「なんっなんだあいつは!」

帰ってくるなり頭巾を叩きつけた留三郎に全員が苦笑を零す。
こいつに限らず、五年と組んだあとの一時の癇癪はほぼ毎回恒例となっていた。普段のほんわかした雰囲気は演技なのではないかと思うくらい、実習でも忍務でも、とにかく五年と組むと精神的に酷く疲れるのだ。

「また随分と荒れてるな」
「当たり前だ! 途中で何度作戦変更されたことか!」
「ああ……勘右衛門、自由だもんな。あいつ、私に断りもなく持ち場を離れたこともあったぞ」
「それ、三郎もだ」
「「…………はぁ」」

五年はクセが強い。予め作戦を決めておいても、途中でもっと良い案が思いつくと六年に断りもなく勝手に動き出す。
級長コンビに限らず全員が、ペアのことを考えずに自由に動く。そのくせ五年だけの実習や忍務の成功率は歴代でも随一というのだから質が悪い。
全員優秀なのだ、とても。次代を任せる奴らとしては頼もしいが、だからこそ厄介。

あ、でも。

「……久々知はやりやすかったな」

全員の目がばっとこちらへ向いた。

「久々知というと、い組の火薬委員か」
「豆腐好きなんだったか?」
「っていう噂はあるなあ」
「図書室でよく自主勉強をしているのを見かけるが……」
「待って、というか、久々知って僕らと組んだことないよね?」

伊作の言葉に空気が固まる。
確かに「秀才」で「文武両道」で「火薬委員長代理」で「豆腐小僧」と肩書きだけなら目立つのに、俺達の中で誰も組んだことがないせいか印象は薄い。
仙蔵は火薬関係で少し関わりがあるようだが、それでもそれだけらしかった。

「指示を出すことも無かったし、脱出の動きなんて驚くほどスムーズだったぞ」
「指示出さなくて良いの!? うわ、次組んでもらおうかな」
「楽そう……。つーか、五年にもそんな奴いるんだな」
「まあ、今回は堅実な策だったからかもしれんが……」
「ふむ。では私と組んだときは奇策で攻めてみようか」

仙蔵の言葉に他の四人も愉しそうに笑う。
こいつらの五年いじめたい病は性急になんとかすべきだ。まあ人のことは言えないが。

そんなわけで、勝手ながら久々知の腕試し(一方的)が六年の中で開始された。







最初に組んだ伊作は、実習終了後とても嬉しそうに帰ってきた。
札取り合戦はあまり苦労することなく、常ならあり得ないくらいの好成績を修めたらしい。

「不運が起きるとヤバいから、ずっと同じ場所で隠れててさ。終了間近になって近くにいたチームに毒を盛ったんだよ。既に何度か戦っててかなり疲弊してたから余計回りが良くてさ、一気に稼げちゃった」

かつて五年と組んでこれほど嬉々とした伊作を見たことがあっただろうか。いやない。
作戦こそ単純なものだが、奇襲じゃなくて毒を使うあたり容赦がない。不運の伊作を連れて動き回らないのも良い判断だと感心する。

「久々知もかなり毒に耐性があるみたいで、しかも好奇心旺盛でさあ。今度人体の仕組みについて語らう予定なんだ」

何を語る気なのかは聞かない。
伊作はすっかり久々知を気に入ったようだ。







次に久々知と組んだのは小平太だった。
あいつによく任される、殲滅系の忍務だったらしいが何の問題も無く完遂。
小平太がよく引き起こす、血の臭いに酔った末の暴走も無かったらしい。

「あいつ、凄いぞ。私が酔いそうになったら必ず声をかけてきてな。血の海の中だと言うのに飯の話とかしてくるんだ。杏仁豆腐と卵豆腐もいけるらしい」

どうでも良い。

「動きやすいなんてもんじゃないぞ。あいつ全方向に目がついてるんじゃないか? 久々に楽しく大暴れできた」

今度組手するんだ、と小平太はにこやかに笑った。
小平太が組手に誘うのは同輩か、同組か委員会の後輩くらいのもので、それだけの力があると認めたということだ。
久々知からしてみればいい迷惑かもしれないが。







留三郎との実習は、貰い不運のせいで留三郎が足を挫いた。
しかし久々知は慌てることなく対応し、見事に良い成績を修めて更に留三郎を背負って帰ってきたらしい。
医務室へ行くと、丁度出てきた久々知が会釈して去って行った。

「ぜんっぜん動じなかった。足挫いたって気付いたらすぐに煙玉放って俺担いで逃げの体勢に入ってよぉ。あの判断力凄まじいな」

委員長代理は伊達ではないということか。
それにしても、細そうな見た目に反して意外と力もあるようだ。まあ火薬壺を運ぶのだから当然と言えば当然なのだが。

「しかもずっと冷静だし、五年特有の生意気さも無いし。なんか毒気抜かれちまった」

確かに目上への礼節は弁えている奴だとは思った。予算会議では体育委員会に焙烙火矢を投げ込んだこともあったが、まああれは予算会議(合戦)だから仕方ない。
留三郎もなんだかんだ久々知を気に入ったようで、また組みたいとほざいていた。







長次とは情報収集の忍務だったようで、終わった後長次がえらい褒めていた。

「……意外と口達者で、人の心理をよく分かっている。五年の中で一等五車の術がうまいのだそうだ」

自分の容姿が恵まれていることもしっかり理解しているらしい。しかも、一つの情報から読み解く能力もずば抜けている。
長次が雷蔵以外の五年をここまでべた褒めするのも珍しい。

「今度、豆乳を使ったボーロを一緒に作る予定だ」

食わせろよ、と言いつつ感心する。
久々知の人心掌握術は見事だ。







とんとん拍子に一目置くようになった六年生に、仙蔵だけは「私は手強いからな」と不敵な笑みを浮かべていた。
だが、帰ってきた時には新しい罠を思いついた時のような笑みになっていて。

「凄いなあいつ、何やらせてもそれなりにやってのけるぞ。火薬委員会だからと言って火器が苦手というわけではないし、先陣も後陣も撹乱も援護も出来る。あの冷静な判断力があれば指揮も参謀もいけるだろうな。部下にするならうってつけの奴だ」

全てやらせたのか、と思いつつも、ここまで万能型の奴も珍しいと思う。
俺や仙蔵、長次なんかも万能型ではあるが、何かしら得意ではないものがある。
久々知はそれが見えない。

「火薬委員会を舐めていたな。あいつの火薬の知識は素晴らしい。三木ヱ門だけでなく久々知とも良い論議が交わせそうだ」

随分と気に入られてしまったらしい。
遊ばれなければ良いが。合掌。





***





「兵助は豆腐みたいなやつなんで」

久々知はやりやすかった、とぼやいた俺にそう言ったのは三郎だった。
意味が分からず怪訝な表情を向けると、三郎はふんと鼻を鳴らす。

「馴染むんですよ。人に合わせるような協調性は無いし呑まれるような地味な個性でもないのに、よく見ないと気付かない。ひっそりと周りを引き立てる。でも、いないと困る。そんな奴なんです」

なるほど。馴染む、という言い方は妙にしっくり来た。
主張や個性がないわけでは無いし、肩書きだけ言えば派手なのに、目立たない。
豆腐のようとは言い得て妙だ。

「知ってますか先輩」
「なにがだ」
「五年が仲良しと言われる所以は、兵助にあるんですよ」

あいつが私達を手放しで信頼してくれるから。個々の実力を理解して、正しく評価してくれるから。

「本当の天才は、あいつかもしれませんね」

三郎の不敵な笑みに、何も返すことができなかった。










――
できるだけ原作・アニメ・ドラマCDに忠実な兵助像を描こう、と読み込んだ結果こうなった。
「兵助は豆腐だ」と……。

対人間でも、忍務や実習でも、「合わせる」んじゃなくて「馴染む」。ぱっと見いてもいなくても変わらんと思わせておいて、いないと困るような。忍務や実習はもちろんのこと、普段の天然で素直で男前なところもひっくるめて彼はそんな子かなあと。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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