夜行の密

*流血、殺人描写有





風呂上がり、自室へ戻る途中に名を呼ばれた。
振り返ると立っていたのは笑顔の兵助。しかし纏う空気は重い緊張感、触れた者皆肉片を散らす爆弾のようだ。
激怒しているということは経験上分かった。対象までは分からないが。
兵助はそのちぐはぐな笑顔と雰囲気を纏ったまま口を開く。

「三郎、風呂上がりで悪いけどこれから忍務だよ。山賊退治」
「え、私とお前だけで?」
「んーん、潮江先輩と食満先輩と四人で」
「……分かった、すぐ準備するわ」
「準備でき次第裏門なー」

兵助の声に背中越しに手を振り、三郎は準備のために足を早める。
恐らくその山賊が兵助の殺したい相手だ。文次郎と留三郎は兵助に巻き込まれたのだろう。
普段は品行方正で目上への態度を弁えている優等生なのに、一度逆鱗に触れてしまえばあの暴君や女王様すらをも指一本で動かしてしまう。文句を言いながらも聞いてしまうのは、結局のところその采配が完璧だからだ。

「先輩方」
「おう。巻き込まれたな、三郎」

裏門には既に文次郎と留三郎が来ていた。
片手を上げて苦笑を浮かべるのは留三郎で、文次郎は兵助から渡されたらしい情報を凄まじい集中力で必死に読み込んでいる。大方兵助に暗記しておくよう言われたに違いない。

「今回はどうしたんですか? この面子って珍しいですね」
「聞いてないのか? 下級生が怪我させられたらしい」
「……誰ですか?」
「伊助、団蔵、喜三太、庄左ヱ門」
「あー、なるほど。……あれはその時の傷だったのか」

留三郎の苦笑に、昼間に出会った後輩を思い出す。確かに怪我をしていたが、実技で派手に転んだのだと誤魔化された。帰ったら叱って甘やかしてやろう。
そして、この面子の意味も兵助の怒りも理解出来た。自分のするべきことも。

「潮江先輩覚えましたー?」
「……よし。完璧だ」

ようやく姿を現した兵助は相変わらずちぐはぐで、更に刀を持ってきていた。一撃で殺す気は無いということか。
文次郎が頷いて資料を渡すと、兵助は躊躇いなくその資料を燃やす。三郎からちらりと見えたそれにはただ見たものを書き殴っただけの言葉が羅列しており、文章にすらなっていない。

「じゃあ向かいながら、二人に説明お願いします」
「お前ほんと鬼だよな」
「やだなあ先輩。先輩の理解力と分析力を信頼してるんですよ」
「うぜえ」

心底うざったそうな表情をしながらも、文次郎は言われた通り留三郎と三郎に情報を渡す。
山賊の住処、人数、戦力、武器、後輩に怪我を負わせた者の特徴。
あれだけ乱雑に書かれていた内容が、たった二言三言で簡潔にまとめられる。
説明し終えると、文次郎は満足気ににやにやと笑う兵助を嫌そうに一瞥した。

「今回の作戦は……と言ってもメンバーでだいたい分かってると思いますが、三郎が変装で侵入して親玉襲ってくれたら一気に俺らで奇襲かけます」
「ざっくりだなあ、相変わらず」
「三郎と先輩方の腕を信頼してるだけですー」
「やっすい言葉だな」
「本心ですよ?」

分かっているからこそ三人は溜息をつく。
優等生の欠片もない傍若無人な司令塔は、にこにこと笑うだけだ。
親玉が庄左ヱ門に怪我をさせたということを考えても、本当に質が悪い。

「まあこんだけの人数なら、明け方までには帰れますよ」

当然だと言うように三人は表情を引き締めた。
擦り傷と言えど、自分達も後輩に傷を負わせたことには怒っているのだ。




びしゃりと鮮血が飛ぶ。
拭うことなく、三郎は次の獲物へ手を出した。
背後ではそれぞれが同じように動きながら兵助が愉しげに声を上げている。

「食満せんぱーい、善法寺先輩から貰った薬試しますかー?」
「あー、おう。効果は?」
「酸化型毒……だったかな? 触らないように注意でお願いします」
「りょーかい」

気怠げに返事をしつつも、兵助に渡された薬を躊躇うことなく山賊の一人にぶちまけた。
耳が痛いほどの悲鳴を上げながら皮膚が溶けて行く男に、周りの男達も悲鳴を上げて逃げ惑う。

「潮江先輩潮江先輩、立花先輩から試してほしい拷問の仕方聞いてきたんで頼んで良いです?」
「……なんだ?」
「なんか人って水で死ねるらしくて。むせないように調節しながら飲ませ続けるんだそうです。で、どんくらいの量で死ぬのか計ってきて欲しいと」
「またえげつねえな」
「お願いしますねー」
「はいはい」

めんどくさそうにその場にいた生きている男を捕まえ、水場まで引きずっていく。
今の会話を聞いていたようで、水場までずっと叫び声が響いていた。
苦痛を訴える声を全く気にした様子もなく、兵助は続けて三郎に声をかける。
その表情は無邪気なほどに笑顔のままだ。

「三郎ー、五年から伝言!」
「あん? なんだよ?」
「全員ギッタギタのメッチャメチャにして跡形もなくしてやれ!」
「……もうやってる!」

なんで自分だけ同学年からなんだ、とは言わないが少し思った。
伝言内容が容赦無いことも、兵助がみんなから伝言を貰うことも今更なことだ。
激昂はしていても冷静で、残った者にも気を配れる。傍若無人で無茶苦茶で適当な司令塔でも、本気で嫌がられない理由はそこにある。

「さて、俺もいっちょやりますか」

勿論それだけでなく、司令塔に回れるだけの統率力と実力も六年生に認められているが。
ここに来てからずっと無垢だった笑みが、初めて邪悪に染まった。




真っ暗な闇の中で燃え盛る山小屋を前にして、四人はぐっと伸びをする。
惨い死体も小屋の中、跡形も無くせという五年の言葉通りだ。

「はー、終わった終わった」
「お前ら、報告書は任せるぞ」
「兵助がやりますよ」
「まあ書きますけど」

兵助の爆弾のような雰囲気もすっかり治まり、無垢で残酷な笑みも学園に戻ればいつもの無表情に戻るだろう。
そうすればまた、品行方正な優等生として接してやれば良い。一番付き合いの長い後輩の、親友の扱いは充分心得ている。

「さ、帰りましょうか」

業火に焼き尽くされた山小屋を背に、四人は静かにその場を去った。





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