一笑散華

*死亡描写有





べしゃり、と自分の帳簿の上に落ちてきた白い物体を見つめ、会計委員は恐る恐る顔を上げる。
にんまりと笑う面長の顔に、文次郎は青筋を浮かべた。

「さぁぶろおおおおお!!!」

同刻、六年生がいる各委員会でも同じような怒声が響き渡っていた。



一笑散華




いろんな場所で響き渡る六年生の怒声に、教師や下級生達も驚いて興味津々に外へ出る。

五年生が六年生にちょっかいを出すことは別段珍しいことではない。今年の五年生は五人組を筆頭に悪戯をするのが好きだった。担任の木下を以てして「悪ガキ学年」と言われるほどだ。
しかし要領も良いのが五年生で、そんなちょっかいは四年生以下のいない長期休みに仕掛けることがほとんど。悪戯を仕掛けられる六年生はたまったもんじゃないが、「甘えているのだろう」と教師も黙認していた。
だが、今回は長期休みでもなんでもない普通の平日。
五年生が下級生の前でそんなことをするのは珍しい。

「五年生、どうした?」
「先輩方、どうされたのですか?」

教師は見かけた五年を捕まえ、下級生達は六年生が何かしたのかと五年に哀憐の目を向ける。
だが、尋ねられた五年生は揃って同じように笑うのだ。

「裏庭集合!!」

そう言い置いて、去って行く。

そうして、下級生と教師は首を捻りながらも無意味に何かをする子達ではないと知っているので裏庭へ向かった。

「五年貴様らぁぁぁぁあああ!!」

六年生の怒声は響く。

「あははは! 先輩方怖い怖い!」

五年生は楽しそうに笑っていた。



六年生が四人の五年生を追いかけて裏庭へ行くと、何故か学園の全ての人達が集まっている。
驚く六年生に、五年生はにんまりと笑みを交わして同時に叫んだ。

「「兵助!」」

返事をするかのように響いたどん、という音。
音のした方へ向くと。

――それはそれは綺麗な花火が上がっていた。

「さっすが兵助! 火薬委員長代理!」
「タイミングばっちりだったな!」
「俺らの後輩もよくやってくれたよ」
「ほんと、綺麗な花火だ!」

だーいせーこー! と手を叩き合う五年生。
下級生や事務員は驚きながらもすごいすごいと手を叩いてはしゃぎ、教師達は苦笑交じりに、しかししてやられた、と誇らしげに笑っている。
そんな空気に呑まれそうになった六年生だが、はっと我に返った文次郎が四人に拳骨を落とした。

「「いった!!」」
「兵助も共謀か……全く、どれだけの予算を使ったんだ」
「それは」
「兵助に」
「聞いてみないと」
「分かりません!」
「うるせえいちいちわけて喋るな!」
「……まあまあ文次郎。綺麗な花火を前に金の話など無粋だぞ。そのへんの制裁は後にして、今は楽しもうじゃないか」

憤る文次郎を止めたのは仙蔵だ。笑いかける表情は妙に清々しく、どうやらこの花火を作ったであろう後輩の成長を喜んでいるようだった。
仙蔵につられるようにして見上げると、綺麗な花火が次から次へと咲いている。

「……ったく」

六年生も、いつの間にか夜空に咲く大輪の花に目を奪われていた。





「……あれ、五年生は?」

花火が終わり、真っ先に気付いたのは一年は組だった。
その言葉に教師も六年生も辺りを見回すが、裏庭にはどこにもその姿が無い。
逃げたか、と六年生が苦い顔をした時、木下と火薬委員、生物委員、学級委員、図書委員が姿を見せた。花火を手伝っていたのは木下先生とこの子達だったか、と六年生が気づく中、教師達はそれぞれの表情が苦しそうに眉を寄せていることに訝しがった。



「学園長、……五年生が全員、土砂に巻き込まれて死亡しました」




ざわめいていた空気が凍った。

「死……亡……?」
「は……え……? だって今ここに、」
「どういうことですか……?」

真っ先に我に返ったのは六年生で、意味が分からないというように木下に縋り付く。

「五年生はずっと忍務に出ていたんじゃよ」

ぽつりと呟いたのは大川だった。
その言葉に生徒達もはっとする。

自分達はそれを知っていた。五年生がいない委員会は大変だな、なんて話していたじゃないか。静かだなあと寂しそうに笑ったのも覚えている。どうして忘れていたのだろう。どうして何も気付かなかったのだろう。

だって五年生は、


三ヶ月も前からいなかったのに。



「忍務は滞りなく終えている。だが、その帰り道に土砂崩れに巻き込まれたのだそうだ」
「じゃあ、……さっきのは」
「自分達が死んでも、笑って欲しかったそうです」

涙声で言ったのは三郎次だった。
今にも泣きそうな声をしているのに、その目には溢れそうなほど涙が溜まっているのに、五年生の後輩達は誰一人泣いていなかった。後輩達は、狼狽える六年生に目を向ける。

「泣くな。前を向け」
「笑い飛ばせ。強くあれ」
「受け容れろ。そして、忘れるな」
「乗り越えろ。嘆くのは今じゃない」
「振り返るな。糧にして進め」
「「そして、生き抜けろ」」

その強い目に、六年生ははっと息を呑む。
その言葉は、一年前、自分達が五年生に言った言葉だった。

「ぼく達はこれから五年生の遺体を探しに行きます」

力強いその言葉に、自分も行くと最初に言ったのは誰だったか。

木下が六年生と五年生の後輩達を連れて探しに行った場所は、学園からそう遠くない山の中だった。
土砂崩れは酷く、広範囲に及んでいる。その山の麓、木々の中に、小さな小さな村があった。
村の中には誰もおらず、木下は五年生が逃したのだろう、と言った。きっと、それで逃げ遅れたのだと。

五年生らしいと笑ったのはタカ丸で、仕方のない奴らだと言ったのは長次だった。


何日も掘り進めて、五日後に五人の五年生は全員見つかる。
泥塗れで、血や怪我も酷かったという。
だが、五人ともあの、六年生に悪戯を仕掛けた時のように楽しそうに笑っていたのだそうだ。

「おかえり」

あの日見た花火に、五年生の微笑を重ねた。











――
書きながら落ち込んだ。ばかだ。
普段は地味で陰が薄い五年生だけど、その仲の良さや悪戯は学園のみんなを笑顔にすると思うのです。
最後の最期にみんなを笑顔に出来て五年生は嬉しかったのです。自分達が死んで暗い雰囲気になってほしくなくて、泣いて欲しくなくて、そんなことをしました。

六年生と五年生の関係を書きたかったんだけど、途中から後輩達がめっちゃ出張りましたね。ちなみに一応後輩達が言った順番は上から兵助・文次郎、三郎・仙蔵、八左ヱ門・留三郎、勘右衛門・小平太、雷蔵・長次、全員・伊作。
五年生が躓いた時に、優しく慰めずに叱責して引き上げてくれる六年生であってほしいと思います。
ちなみにタイトルは「笑って死ぬことが出来た! 上々の人生じゃないか!」的な意味合いを込めてみた。四字熟語ではありません。五年生は死ぬ時も明るくあってほしいと思って。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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