鬼さんこちら

*流血、殺人描写有
*不快な暴言





五年生の雰囲気がとても刺々しい。
しかも一部では無く全体が、だ。後輩達にはいつものように優しく接しているが、それでも溢れんばかりの殺気がちりちりと漏れている。私達や先生方の前となると遠慮もしないので、それはもう野生の獣を相手にした時のような威圧感に襲われる。
だが、下級生達はそんな五年生に怯えもしない。それどころか、辛そうな表情をしている者もいる。五年生がこうなった理由を知っているからだ。
そんな彼らを見ていれば、知らぬとも察しはつくもの。

久々知兵助が、下級生を庇って大怪我を負った。

数日前に久々知が医務室に運び込まれたことは伊作から聞いている。刀傷や苦無で斬られた傷があり、銃槍まであったと。しかも毒まで盛られていたらしい。
戦に巻き込まれたのか、と言うほど惨い傷跡だった。それでも学園には自力で戻ったというのだから、久々知の精神力の強さが伺える。
久々知は未だに意識が戻らないのだという。普段は久々知の分までしっかりしなければ、と意気込む火薬委員も、今回ばかりは心配でたまらないと表情を曇らせている。
学園全体がどこか陰鬱な空気に包まれていた。

「先輩方、お力を貸して頂けませんか」

五年生と四年生が怒りを抑え込んだような無表情で六年長屋に乗り込んできたのは、今の学園の空気をどうにかしなければと六年生で話していた矢先のことだった。
五年生はともかく四年生まで何事か、と文次郎が問えば、五年生と四年生が矢羽音で何かやりとりをした後、滝夜叉丸が口を開いた。

「久々知先輩の傷は、本来なら我々四年生が負うものだったのです」

四年生が皆自惚れ屋で自己愛が強いことは学園共通の認識だ。それでも自己弁論の通り優秀で努力家なことも知っているので、自慢話が始まれば聞き流すのが我々の中では当たり前になっていた。
だが、そんな彼らを良く思っていない者も多く存在していたらしい。

滝夜叉丸、三木ヱ門、喜八郎、守一郎が自分達の後輩達を連れて委員会の買い物に出ていた時のことだった。ついでに守一郎に町を案内しようと後輩達が張り切って色んな所へ行ったので、その日は帰りが遅くなってしまったらしい。
人気が無くなった山の中で、突然六人の男達に襲われたのだ。
四年生と三年生は応戦したが、一年生と二年生を人質に取られ武器を捨てることしか出来ず。殴られ、傷つけられ、四年生はあろうことか犯されそうになった時。
火薬委員会に救われた。

「私達や後輩達は火薬委員によって無事に逃げ帰ることが出来ましたが、久々知先輩は一人でそいつらの相手を引き受けて下さって……!」

悔しそうに顔を歪ませる滝夜叉丸の言葉に私達は絶句した。
そして後輩達がそんな目に遭っていたことにとてつもない不快感と、怒りを覚えた。

「……火薬委員はどうしてそこに?」

感情を押し込めたような低い声で問うた留三郎の言葉に答えたのはタカ丸。
普段は人を和ませるような表情の彼も、瞳の奥には憎悪のような炎がゆらめいている。同級生と自分達の委員長があんな目に遭ったのだ、それも当然だろう。

「ぼくら火薬委員会は、生徒達が火薬を変なことに使わないように学級委員長委員会と協力して全ての生徒達の関係性や思想を把握しているんです」

学園を潰す思想を持った城に、生徒が火薬を横流ししないように。妬みや嫉みが大きくなった生徒が、火薬を使って復讐などせぬように。兵助が信頼に足ると判断するまで、個人で火薬申請を行った生徒は徹底的に調べられる。
今回はそれが裏目に出た。

「実習があったのは本当だったから、後輩達もつい火薬を渡しちゃったんだ」

一年生と二年生が火薬を渡した時、自分と久々知はいなかったのだとタカ丸は言う。二人から聞いて、慌てて学園を出たのだと。
だがちょっと待て、その話からすると、四年生を襲った人物達は。

「後輩達も、まさか六年生が四年生を襲おうとしてるなんて思わないじゃない?」

息を呑んだ。
一年生と二年生を人質に取り、四年生と三年生を傷つけ、久々知に大怪我を負わせた人物達が、後輩達を傷つけた人物達が、私達の同輩だったなど。
嘘だろう、と言えるほど、私達はそいつらのことを知らない。

「誰がやったのかは、特定出来ているんです。あいつらは未だにのうのうと学園で生活している」
「何?」
「ただ、私達は徹底的に苦しめたい。この世に生きていることを後悔するような絶望と地獄を味わわせてやりたいのです」
「後輩達を苦しめ、我らの兵助を痛めつけた罰を、それはもう、徹底的に」
「傷つけられた後輩達は皆本、任暁、黒門、下坂部、山村、福富」
「そして時友、富松、浦風」
「これは、五年生だけでなく五年生以下全学年の総意です」

述べられた名前に、私達は自分の身体が怒りに震えているのを感じた。
直接関わっている自分達の後輩がいない伊作と長次すらも、あまりのことに恐ろしい形相になっている。

「……手伝って頂けますね」

三郎の言葉に、私達は頷いた。




下級生達には、「お前達の分まで徹底的に痛めつけてやるから」と言い含め。
未だに目覚めぬ久々知には、「早く目を覚まして安心させろ」と言い置いて。

四、五、六年生合同の演習が行われた。
勿論三郎と勘右衛門の手回しで、目的は奴らを潰すこと。その為に、綿密に策を練った。

「っ……くそ! 四年生と五年生が邪魔だ!」
「さすがにあの人数じゃな……下級生を連れてくるか」
「おお、一人くらいなら連れてこれんだろ! あいつらの弱点は後輩だもんな」
「全くだ、後輩を盾にされただけで武器を捨てるあの甘さ!」
「後輩ごと斬れってんだよなぁ」
「しかし久々知の奴も笑えたよな、一人で六年相手に愚直に飛び込んで来るなんて」
「自分の後輩が渡した火薬で足撃ち抜かれた時は滑稽だったな」
「けどあいつムカつくよな。『お前達があの先輩方に名前すら認識されていない理由が分かった、後輩を弱点としか考えられないなど下級生以下だ』とか言いやがって」
「ああ、あれはムカついた。でもまだ意識戻らねえんだろ?」
「ははっ、そのまま死んじまえば良いのにな」

ざわりと殺気が蠢いた。
私達に囲まれていると気付かない愚かな愚図共め。
今の言葉で五年生と四年生は大層お怒りだ。勿論、私達は怒りなんてものではない。

「ひっ!?」
「た、立花!?」

私達の可愛い後輩を傷つけたことは万死に値するだろう。歪んだ顔を見るのも汚い叫び声を聞くのも嫌になる。
だが、後輩を守りきり私達の矜持も守ったあの子を貶めた罪は、簡単に死ぬことでは償えない。

「お前達はもう同輩などではない」
「は……っ!?」
「後輩が弱点などと、よく言えたものだな」
「う、がぁ……!」
「兵助くんの痛みはこんなもんじゃ済まされないよ」
「ひぁ……!」
「久々知先輩の真意に気付けないなんて、確かに六年生とは思えませんね」
「な……ぁ……」

私の攻撃を合図に、一斉に六人を囲む。
私達六人と、四年生五人、五年生は全員がそこに集結していた。
私達がじわじわと殺気で追い詰めていく中、やはり一番恐ろしいのは五年生だ。

「なあ、どうせなら兵助がされたことと同じことしようぜ」
「お、良いな。八左ヱ門、毒持ってる?」
「とーぜん! 因みに食人昆虫も持ってきたので後片付けも大丈夫でーす!」
「さっすが八左ヱ門! 生物委員長代理!」
「それなら私達も各委員会の後輩達に協力して貰っていろいろ持ってきたぞ」
「作法委員会の拷問具にー、用具委員会の武器諸々でしょ、保健委員会には気付薬とすんごく痛いツボ聞いてきたし」
「あと図書委員会にはやばい拷問の知識教えて貰って、体育委員会にはバレーボール借りてきた!」
「どーすんのバレーボール」
「そりゃあ七松先輩のアタック100連発だろう。会計委員会には鉄粉おにぎりな」
「あ、僕それで考えたんだけど、鉄粉おにぎりって食べられるの?」
「……こいつらに食わせようぜ!」
「ナイスアイデア!」

会話だけ聞けば仲良し五年生。雰囲気もいつもの和気藹々とした穏やかな空気に戻っている。
だからこそ恐ろしい。五年生は食事をしたり空気を吸うことと同じように人を殺すことが出来るのだ。

「爪剥いだら痛いって? そんなの当たり前じゃねーか。その指切り落としたら痛くなくなるんじゃね?」
「お、じゃあ俺が切り落としてやりましょうか? 自分でやってもいいですけど」

……編入生コンビも恐ろしかった。さすが二人とも久々知に教えを請うているだけのことはある。

後輩達を傷つけた六人は、それはもう汚い叫び声と醜い顔で、自分達が見下していた五年生や四年生にも命乞いをしていた。
こんな奴らと同じ歳だったとは反吐が出る。だが、徹底的な絶望と苦しみはしっかり味わってくれたようだ。
八左ヱ門が持ってきた虫がその肉塊を食べているのを横目に、帰ったら後輩達を抱きしめてやろうと考えた。




「せんぱーい!」
「おかえりなさーい!」

演習が終わり、ぞろぞろと帰ると校門で下級生達が待っていた。その顔はみんな笑顔で。ああもしかして、と思い至る。

「久々知先輩が目を覚ましました!」

嬉しそうな下級生達の言葉に、此方もわあっと歓声が上がった。
特に四年生と五年生の喜びようは凄まじく、周りに集まった下級生達を思い切り抱きしめている。
そんな姿を微笑ましく眺めながら、私達も傷ついたであろう後輩達を抱きしめた。

「おかえりなさい」

突然背後から聞こえた声に、私達だけでなく喜び合っていた五年生や四年生も勢いよく振り返る。
そこには、藤内と孫兵に支えられながらも微笑を浮かべる久々知が立っていた。

「くくっ」
「「兵助えええええ!!」」
「「久々知先輩いいいい!!!」」

小平太の言葉を遮って久々知に突撃していったのは勿論五年生と四年生、あと火薬委員。
起きてて大丈夫なのか、ありがとうございました、申し訳ありません、なんて支離滅裂な言葉が飛び交う。
飛びつけなかった下級生と私達の心配そうな視線を感じたのか、久々知は五年生と四年生を宥めてから全員に頭を下げた。

「ご心配をおかけしました。それから、ありがとうございました」

一瞬の間。
その後すぐに動いたのは、意外にも文次郎だった。文次郎はわしゃわしゃと久々知の頭を撫で回すと、珍しく微笑を見せる。

「俺達こそお前に救われた。後輩達のことも、俺達の矜持も。礼を言うぞ、兵助」
「っ、いえ……!」

それをきっかけに、私達も下級生も、久々知を取り囲んで礼と謝罪を口々に言い始める。
戸惑っていた久々知も、最後には嬉しそうな笑顔を浮かべた。

その日、漸く学園はいつもの喧騒を取り戻したのだった。











――
悪口言うのってこんなに辛いんだーと身に沁みた。
本当に憎らしい悪役キャラ書ける人って凄いですね……次はほのぼの書こう。
あ、念のため補足しておきますと、六年生の矜持ってのは『同輩なのにそんな奴らに気付けなかった』と自己嫌悪していた六年生に『あの人達に認識されてないわけだ』と兵助が知らなかったことを肯定したところですね。
説明し辛いな……なんというか、『六年生なのに知らなかった』を『実力者だから知らなかった』に変換したと言いますか……まあ六年生の体面を兵助が守ったみたいな感じです。伝わるかしら。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました!

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