帰跡

*死亡描写有





ふと気付くと、視界に長い睫毛と黒髪が映った。

「……久々知?」
「目が覚めました?」

いつもの無表情で、少しだけ瞳に心配の色を滲ませて。
はて、僕はどうしてここにいるのだろう。
というか、どこだここは。周りを見渡すと、一面の花畑。見覚えがない。

どうしてここにいるのか思い出そうと考えるけど、靄がかかったように全く思い出せない。

「僕……?」
「驚きましたよ。善法寺先輩、爆睡してましたから」
「え!? うそ!?」
「よだれ」
「ぎゃあっ!?」

慌てて口元を拭うと、久々知にしては珍しく声をあげて笑われた。
珍しいなあ、と苦笑しつつ見ていると、久々知はその笑みを深くして僕に手を差し出す。

「かえりましょう、先輩」

その手を取って立ち上がると、久々知はそのまま離さずに僕の手を握ってふわりと笑う。
可愛いけど珍しいなあ、と思いながら歩いていると、足元にあった石に躓いた。

「わ! えぁっ!?」
「……やっぱり不運ですね。大丈夫です?」
「あはは……ごめんよ久々知」

久々知が手を引いてくれたことでべしゃりと転けることは無かったが、久々知を押し倒す形になってしまった。
慌てて起き上がろうとすると、久々知は少しだけ寂しそうに目を細める。

「……久々知?」
「……いえ。さあ、いきましょう。みんな待ってますよ」
「あ、うん……」

繋いだ手は離さずに、時々何度か転けそうになりながらも、僕は久々知に手を引かれるまま歩いた。
ここがどこなのか、僕は何故ここにいるのか思い出せないまま。

花畑がずっと続き、漸く違う道が見えた時。
久々知がふと足を止めた。

「……久々知?」
「先輩、私、先輩方もあいつらも、大好きです」
「え、」
「いつも戦場につっこんでいって、心配ばかりかけてごめんなさい。無茶ばかりしてごめんなさい。……いつもありがとうございました。先輩方には本当に、お世話になりました」
「くく、ち……?」
「、先輩方もあいつらにも、まだまだ伝えたいことはあるのですが」

滔々と語られる謝辞に、何故だか嫌な予感が消えない。冷や汗が伝い、心臓がばくばくと音を立てる。
久々知は言葉を切り、繋いでいた手をぎゅっと握り締めると僕の肩をとんと押した。
花畑から出る。

「みんな、生きて下さい」

視界が真っ暗になった。













……あれ、
僕は、
痛い、
足が、
腕が、
焼ける、
痛い。
何が、
ここは、
頭が、
くらくらする、
痛い。
僕は、
ああ、

痛い痛い痛い痛い痛い!

「――!」
「伊作!!」
「新野先生! 伊作が!」

騒がしくなる周りを見て、全てを思い出した。

五年生と六年生で、戦況を調査する忍務についたのだ。その中で戦に巻き込まれて、五年生も六年生も必死に戦った。
だけどあまりにも数が多すぎて、五年生を守ってやることもできなくて、それでもみんなで生きて帰ろうって一度散って、……

――それで?

「久々知は!?」
「っ!?」

部屋の空気が凍ったのが分かった。
それくらい分かる。五年生も六年生も大怪我をしていることくらい。五年生が目を真っ赤にしていることくらい。六年生が悔しそうに手を握りしめて唇を噛んでいることくらい。

分かりたくなかった。

「……久々知は、死んだ」
「…………」
「親子を庇ったんだと。心臓を一突きされていた」

唸るように言い切った文次郎は、目を見開いてぶるぶると震えていた。
文次郎は久々知に一目置いていたから、悔しくてたまらないんだろう。

「……意識が、無かった時にね。久々知に会ったよ」
「え……?」
「今までありがとうって、心配かけてごめんって、みんなが大好きだって」
「なん、」
「……みんな、生きて下さいって」

はらり、と文次郎の目から涙が零れた。
文次郎だけじゃない。留三郎も、仙蔵も、長次も、小平太も、勘右衛門も、三郎も、雷蔵も、八左ヱ門も。
僕も、みんな、酷い顔をしていたと思う。

その日、みんなで泣いた。泣いて、泣いて、涙が出なくなっても泣いて。
明日、後輩達を抱きしめられるように。



ねえ久々知、君は、君が思っている以上に愛されていたんだよ。
人を庇って死ぬなんて、君らしくもないじゃないか。……いや、君の後輩達は君らしいって泣きながらも誇らしげだったから、後輩達は君が優しいってよく分かっていたみたいだね。
ああ、君があんなことを言うから、みんな何が何でも長生きしてやるって意気込んでさ。生傷は絶えないけど、無茶をする奴は一人もいなくなった。君のお陰だね。

兵助、待っていてくれないかな。
僕らがそっちに行くまで、ずっと見守っていてくれないかな。
君に話したいことが沢山あるんだ。



僕の気持ちに答えるように、風が優しく頬を撫でた。










――
一度やってみたかった黄泉の話。
伊くくにしようとしたけど兵助がみんな大好きだって言うからできなかった。
ほとんど思いつきで書いたので結構粗が目立ちますね、ごめんなさい。

ちょっと補足。兵助が「かえりましょう」って言ったのには「還」「帰」両方の意味があって、「いきましょう」は「生きましょう」です。まあ還るも帰るも意味は同じなんだけど、「還る」は魂があるべき場所に戻る……的な意味で区別して頂ければ幸いです。ちなみにタイトルは「きせき」と読みます。造語です。
では、ここまで読んで頂きありがとうございました。


修正 16.12.12

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