明鏡止水






ざくざくと穴を掘る。それはもう一心不乱に、何も考えず。
馬鹿力と言われるだけの体力は、実技や実習だけではどうにも満足いかないらしく。有り余った体力を、委員会で発散しているのだ。

「七松先輩」

ふと、頭上から誰かの声が落ちてきた。目を凝らすと、揺れる黒髪が見える。五年生の久々知だった。

「久々知か。どうした」
「後輩達がついてきてません」
「……おお、本当だ」

その言葉に後ろを振り返れば、いつもならすぐ後ろにいるはずの後輩達がいない。
少し離れたところから、滝夜叉丸が三人を抱えて這うようにこちらへ向かってきているのが見えた。

「七松先輩」
「なんだ」
「今日はもう委員会を終わりにして、一緒にうどんでも食べに行きませんか」

静かに沈み込んでくるような声に、不思議と心は落ち着いてくる。
なんの躊躇いも無く差し伸ばされた手を握りしめ、今まで掘っていた塹壕から出た。

「そうだな。お前達、今日の委員会は終わりだ!」
「「は、はいぃ……」」
「お疲れ様。用具委員長には『全部七松先輩にやらせます』って言っておいて」
「、了解です」
「……私が埋めるのか」
「当たり前でしょう。あなたが掘ったんですから」

困ったようにふわりと微笑まれると、波立った気持ちも霧散する。さっきまでのむしゃくしゃした思いも、その穏やかな音に流されてしまったようだ。

「……久々知は、水みたいだな」
「水ですか」
「ああ、何もかもを流してしまう、清流のようだ」
「……それは良いですね、美味しい豆腐が作れます」

久々知らしい言葉に思わず笑う。どうやら自分は、この風変わりな後輩を随分と気に入っているようだ。




「……おう、滝夜叉丸。小平太は落ち着いたか」
「……はい、そのようで」
「はあ、今回はどんだけ掘ったんだぁ?」

後輩三人を自室に送り届けた滝夜叉丸に、工具箱を抱えた留三郎が声をかけた。
小平太が後輩を置いて一心不乱に何かをする時は、大抵実習や忍務で『何か』があった時だ。留三郎はその『何か』を知っているらしく、いつものように小平太の塹壕を咎めたりはしなかった。

「あ、久々知先輩が『七松先輩に全部やらせます』と」
「久々知が?」

滝夜叉丸の言葉に、どこから塹壕を埋めようかと考えていた留三郎はきょとんとする。
しかし、合点がいったのかすぐに穏やかに微笑んだ。

「そうか、さすが久々知だな。分かった、お疲れ、滝夜叉丸」

ぽん、と一度頭を撫でてから、留三郎は去っていった。










――
六年×久々知祭り開催しちゃる! の勢いで書いてみたこへくく。雰囲気小説だね!
兵助って持ち前の天然でふっと人の悩みを救い上げてくれそうな気がします。イライラしてても話してると気が抜けそう。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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